061 騎士に水樽を売る

「スライムよ。君たちの犠牲は忘れない」


 バイクのタイヤに採用した一番マシだったタイヤと、スライムの皮とで錬成したら、正に理想の弾力と粘りがあるタイヤになった。

 ぐるりとアリョーシャの街の周囲を試走しても、荒れ地も何のその、バッチリだ。

 この理想の割合になるまでは試行錯誤したが、振り返れば楽しい実験でもあった、と言える。


 続いて輪ゴムを、とスライムの皮とトカゲの革で錬成してみた所、ちょっと硬めのゴムが出来上がった。

 配合を変えると扱い易い柔らかさになったので、早速下着や靴下とゴムを錬成してみた所、絶妙なフィット感に拍手したくなった。


 また、保存容器、水筒、弁当箱のパッキンにも使え……ここまで使えると、当然、スライム狩りが決定した。


 では、早速、と荷物の用意なんてしなくていいアルは、パラゴの街へバイクを走らせる。

 二つ先の街パラゴはアリョーシャから北のイリヤとは方向が違い、西の方だった。


 時間はまだ昼の二時前。

 メッセンジャーからの返事は聞いたし、宿屋の女将とダンたちには「三日程帰らない」と言ってあるので、時間を気にすることはない。


 ウラルからの返事は、


『先日はありがとうございました。連絡が遅くなりましたが、あいにくと夏休み前で立て込んでおりましてしばらく時間が取れません。夏休みの双方の都合がいい時にまた依頼を出しますので、その時はよろしくお願いします』


という丁寧な返事だった。


 そういえば、夏休み前は行事も試験もあって、夏休み明けには新入生が入学してくるのでその準備も、と言っていた。

 それでも、カーラをあまりに待たせるのも何なので、一日ぐらい都合付けるとも言っていたのだが、他にも何かあったのかもしれない。

 ウラルたちの所は子爵家でさほど高位ではなくても、だからこそ、上位の貴族の意向次第で、いくらでも忙しくなりそうで……。

 これだから貴族は面倒臭い。


 ******


 こうも静かだと音楽が欲しいな~と今度は音楽録音プレイヤーの開発を考えてみるが、とっくに似たような魔道具が開発されてそうだ。ハードよりソフト、音楽があまりないのかもしれない。


 三十分程、元の世界の安全速度でまったりペースで進む。

 地図は見ているが、目印があまりにもないので、こちらの方角でいいのか、と少し不安になり、バイクを飛行モードにしてみた。

 上からの方が見渡し易く、魔力を目に集めれば、遥か遠くまで見ることも出来る。障害物がなければ。

 森が見えて来たので走行モードに戻す。

 森を迂回する道があったので、道なりに進むことにする。

 整備した街道ではなく、馬車で何度も行き来するうちに踏み固められた自然に出来た道だ。商人が通るコースなのだろう。


 緩やかなカーブを曲がった所で、こちらに来る馬車が見えた。

 探知にはもっと早くからひっかかっているが、人数と馬の数、魔物かどうかぐらいしか分からない。

 荷馬車じゃなく箱馬車で、派手ではないが、装飾が施されている所からして、貴族か大金持ちの馬車だろう。

 …いや、貴族か。周囲の護衛が鎧を身に着けた騎士だった。

 田舎に避暑にでも…まぁ、そこまでまだ暑くないか。

 学校に通っている学生は夏休みに入るそうなので、旅行なのかもしれない。


 アルのバイクが見える距離になると、騎士たちが色めき立ち、馬車を停めて周囲を固めた。そこまで怪しく見えるのだろうか。一人なのに。

 では、とアルは馬車から適度な距離を取ってバイクを停め、挨拶する。


「こんにちは。ただの冒険者なんで警戒いらねぇよ」


「それは何だ?金属型のゴーレムか?」


「魔道具で乗り物。この先のトボッロの街を通り越えて、パラゴの街に向かってる所。そっち方面から来たようだけど、何かあった?やたらと警戒してるように見えるけど」


「この森に盗賊が出ると聞いたのだ。何だか高そうな魔道具に乗ってる所からしても、お前は盗賊じゃないな」


「だから、冒険者だって。Cランクに上がり立て」


 ほら、とアルは首にかけてるギルドカードを見せる。

 親指と人差し指で四角を作ったぐらいの小さいカード…というかタグだが、彫られたアルファベットぐらいは見える距離だ。

 ちゃんと見えたのか、騎士たちの間からホッとした空気が漂う。


「その若さでCランクか。何か功績でもあるのか?」


「いや、地道に昇格試験受けて」


 嘘じゃない。


「そうか。お前はアリョーシャの街から来たんだな?後どのぐらいで到着出来る?」


「速度にもよるけど、三時間ぐらい?」


 この世界、サスペンションもタイヤもない馬車の速度は遅い。


「水場はないだろうか?人間用の飲み水は魔法でも出せるからまだ大丈夫だが、馬にたっぷり飲ませてやりたい」


「あいにくと川や湖からは外れてる。でも、馬が可哀想なんで水は売ってやろう。一樽銀貨1枚でどうだ?」


 アルはバイクから降りると、馬の側にマジックバッグから水の入った樽を出した。

 ひと抱えもある土魔法製の樽なので量はたっぷり。重いが。


「買った。二樽ないか?」


 リーダーらしき騎士が銀貨2枚くれる。


「まいど」


 アルは金を受け取り、もう一樽出した。

 マジックバッグにしまう時は重さは関係ないし、身体強化をすれば動かせるだろう。

 馬車と馬を道の脇に寄せて、ついでに人間も休憩するらしい。


「じゃ、これで……って、森の中から人の気配。おそらく、噂の盗賊の斥候だろうな」


 フラグが立ってしまっていたらしい。


「…お前、魔法使いか?探知魔法のようだが」


「ああ。剣士でもある。どうする?雇う?」


「お前が斥候を捕まえて来る、と?」


「…ああ」


 盗賊捕縛もするつもりだったが、やり過ぎはよくない、とアルは考えを改めた。

 オークの集団の件も思い出して。

 騎士たちもそこそこ強いので、盗賊たちの人数が多かったり、強い魔法使いがいなければ、やられることはあるまい。

 …まぁ、下見して来るか。


「成功報酬でいいか?」


「構わねぇよ。金貨5枚でどうだ?」


 盗賊調査だともっと安いが、ギルドを通さないし、捕縛になるので。


「いいだろう」


「じゃ、行って来る」


 アルはバイクをマジックバッグにしまうと、身軽に森の中へ入って行った。木々を跳び移り、時間短縮。隠密スキルが生えると嬉しいな、となるべく、音を立てないように。

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