040 知らないってある意味幸せ

 その後、ウラルたちはいいペースで6階を踏破し、7階へと下りてから休憩にした。草木の少ない山フロアである。


「思ったより進んだから8階で泊まろうか。湖がある草原フロアで、ワイルドカウ、ランニングバードがいるし」


 引率のアルは予定を変更して、そう判断を下した。


「泊まり易いってことですか?」


「肉だよ、肉。超美味い。ランニングバードは肉と卵もあるけど、羽ドロップも超お薦め。柔らかい羽なんで素晴らしい羽布団、ダウンコートが作れる」


「…そうですか」


 ジョシュアとラズに苦笑される。


「本当に美味しいのに」


 温度差を感じる。


「いよいよジャンピングゴートですね!頑張ります」


 ウラルはヤギチーズのため張り切っていた。


「大分、戦うのに慣れて来たけど、まだまだ油断しねぇように」


「はい!…ところでアルさん、何を作ってるんですか?」


「プリン」


 卵の美味しさがよく分かるスイーツである。

 鍋で砂糖を焦がしてカラメルを作り、耐熱ガラスのプリン容器(自分が食べたくて錬成した)にプリン種を注いで蒸す。カラメルは上かけだ。

 そして、蒸し終わったら氷魔法で冷やして出来上がり。

 スプーンを添えてそれぞれの前に置く。

 ランニングバードの卵のなめらかで濃厚なプリンは、三人の口にも合ったようで、食べる速度も速かった。


「プリンってプロじゃないと作れないと思ってました…すっごく美味しかったです。これがランニングバードの卵です?」


「そ。市場で見たら高級品でビックリした。マジックバッグがねぇと割らずに持ち帰るのが難しいからだとか」


 そして、マジックバッグ持ちの大半は中~高ランク冒険者で、他にいくらでも美味しい依頼があるので卵採取依頼は受けないらしい。

 お店の人のそんな愚痴を聞いたので、アルが空間収納に溜め込んでる卵を少し卸してやった。


「依頼ランクはどのぐらいになるんですか?」


「Cランク。群れになると厄介な生き物だから。羽のエアカッターを使って来るし」


 ウラルたちでは一匹相手にするのがせいぜいだ。エアカッターを封じる手段はないので、先制攻撃をするしかない。


「あ、見られてしまいましたよ…」


 そこに、男四女二の六人組パーティが通りがかった。

 年齢は二十代半ばから三十前後ぐらいだ。中級ぐらいのパーティでこのダンジョンの攻略を始めた、という感じか。

 階段を下りてすぐ、邪魔にならないような所とはいえ、テーブルセットを出して優雅におやつタイムを楽しんでいるのは、ラズにとっても奇異な目で見られる、と分かっていたらしい。


「こんにちは」


「…こんにちは。何やってるの?…って、お茶してる所にしか見えないけど」


 斥候らしき女がそう言う。


「どうせ休憩するならちゃんとくつろいだ方がいいだろ」


「わざわざテーブルセットまで持ち込んで?」


 岩だらけで土が少ない山フロアなので、今すぐ作成したとは思えなかったのだろう。アルなら作れるが、持ち込んでいるのはその通りだ。


「そう。ダンジョン探索体験なんで、快適に安全に楽しませる依頼だしな」


「だからって無防備過ぎだろ。階段側は比較的魔物が少ないって言っても…」


「その辺りも抜かりなく。近寄ってみ?」


「…これは結界?」


「そう。臭いも遮断してあるんで、狙われるのならお兄さんたちだな。魔物たちも近寄って来たし」


 話し声は結構スルーされるが、魔物は臭いには敏感なのだ。

 六人パーティは慌てて身構える。


「どっちが油断してるかって話でしたね」


 小声でジョルジュが小さく笑う。


「ちょうど集中力が途切れる辺りってのもあるだろうけどな。このまま観戦させてもらうか。お待ちかね。ジャンピングゴートだ」


 崖にしかいないというワケではなく、平地は弱いというワケでもない。偶然会った感じの三匹だ。


「…思ったよりでかいんですけど…」


「あんなでかさで跳び回られたら、ぶっ飛ばされませんか…」


「だから、常道はまず足を止めさせる。近寄られ過ぎたんで弓は使えねぇから槍だな」


 アルが解説をしていると、槍使いが動き、一番手前のゴートの足を払うが、さけられる。

 そこに剣士が踏み込むが、二匹目が来て引き下がり、後衛の魔法使いがウォーターボールを打ち込む。

 斥候がパーティメンバーに補助魔法をかけ、回避率防御力アップ。

 怯んだ隙に大剣使いがゴートの一匹を袈裟斬り。

 もう一匹のゴートは身体強化を使って回り込んだ槍使いが仕留め、最後の一匹はエアカッターで魔法使いが仕留めた。


 斥候兼弓師、魔法使いが女で、大剣使い、剣士、槍使いが男だ。職業的にはバランスが取れているが、魔法の威力が低く、補助魔法はかけるのが遅かったので必要だったか?という疑問も残る。


「どのぐらいのランクのパーティなんでしょう?」


 ウラルが小声でそう訊いて来た。あまり手際がいいとは言えなかったからだろう。


「Cぐらいかな。詠唱が長いから魔法使いと斥候はDだと思う。パーティランクは実績による所が大きいらしい。参考になったか?」


「あまり」


「ぼくに剣技で押せる程の腕がないですしね。ジョルジュは回り込むのは出来るんじゃない?」


「やれてもヘタすると囲まれるって。人数が多くてフォローが見込めるからってのはあったと思う」


「補助魔法はなくてもよかったんじゃないかと」


 ウラルたちが他のパーティが戦う所をちゃんと見るのはこれが初めてだが、中々見る目があった。

 朝と比べて格段に強くなってるのに、過信してない所が更にいい。これは報告書に書いてあげよう、とアルはメモしておく。


「ちょっとそこ、何偉そうに批評してるんだよ?」


 槍使いがムッとして咎め、


「詠唱長いって魔法使いなら普通だって、普通。短縮詠唱してる方がレアなんだって。見立て通りにDだけどさ」


と魔法使いが主張し、


「自分でも判断が遅かったって思ってる所に、追い打ちかけるのやめてくれない?」


と斥候が苦笑した。


「詠唱長いって。ここまで来る間だけでも、詠唱は短縮してる人たちばっかだったし。なぁ?」


「そうでした。すごい慣れてる感じで」


「いつもまったくの無詠唱のアルさんが規格外過ぎっていうのも、よく分かりましたけど」


「たまにいるけどなぁ。無詠唱の人。10階以降のフロアだけど」


「ちょっと待って!あんた、魔法使いだったの?杖持ってないのに」


「杖は持ってねぇけど、魔法も使える剣士?」


「剣も持ってないじゃない!」


「しばらく使わなかったんでしまってあるだけ」


「アルさんに剣が必要なのかっていう疑問もありますよね」


「素手で首根っこ掴まえて来ますしね…」


「はぁっ?何なの、それ。素手って嘘でしょ?魔物の膂力りょりょくってとんでもないのを知らないの?夢でも見たんじゃない?」


「知らないってある意味幸せですよね…」


「何かスゲェけなされてる気がするぞ。おれは元々体術の方が得意なだけだって」


 あちらの世界では常に素手だったので。

 その割に体術スキルが生えないが、あれか。必殺技が使えるようになったら生えるのか。

 …剣術スキルが生えても必殺技なんて覚えてないが。

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