039 頭の悪さも教材にピッタリ

「え?どうしたんですか?その人たち」


 ジョルジュがそう訊く。

 スリーピングシープは大して頭数がいなかったので、それぞれちゃんと倒していてドロップ品を拾ってる所だった。


「眠気覚ましポーションや他の魔道具がなかったらしく、なぶり殺しになりそうだったから助けて来た。キュアをかければ起こせるけど、どうする?」


 眠気覚ましポーションや魔道具の効果が途中で切れた、とも考えられるワケだが、ポーションは三時間は効果があるので、あんな中途半端な所にいた所からしても考えられない。

 魔道具が急に壊れるにしても四人一斉に、はあり得ない。


「起こした所で二の舞ですよね…」


「でも、階段からそっちまで行ったってことは、上手くよければ何とかなるんじゃない?」


「念のため、誰かついて行けば…って、ぼくたちじゃダメだからアルさんになっちゃうし。…あ、アルさん、眠気覚ましポーションってまだあります?」


「あるけど、それは悪手だな。なぶり殺される所だった記憶がねぇんだから、眠くならないラッキーと狩り始めるに決まってるだろ。

 で、スリーピングシープ自体はそう強くねぇし、他の魔物も同じくだからのんびりしたり、泊まったりしたのなら効果時間切れで二の舞に。ポーションの効果時間内に帰ったとしても、次に来た時に用意してなくて二の舞になる確率が高い。そもそも、事前に調べて用意してねぇ時点でダメダメだしな」


「そうですよね…」


「あ、ちょっと手間かかるけど、この人たちを起こして、おれたちもみんなで5階の階段まで移動すればいいんじゃないです?また眠ってしまったとしても、アルさんが治せるワケですし、おれたちの安全も確保されますし」


 ウラルがそう答えを出した。


「妥当だな。補足として助けた奴らが善人だとは限らねぇし、おれたちは見た目でも若いし、装備も狙われ易いから、警戒は怠るなよ」


「はい!」


 …ということで、まずはアルがキュアをかけて四人組を起こした。

 十代後半から二十代前半ぐらいの男だけのパーティだ。

 目覚めた途端、状況が分からないとばかりに、周囲を見渡す。


「お前たちがスリーピングシープのスリープ魔法にかかって眠ってしまい、なぶり殺しになりそうだった所を助けた。傷は治療したけど、服が破れて血も付いてる所がその証拠になるだろ。こちらはダンジョン探索体験依頼で来ている臨時パーティで、おれがリーダーのアル。Dランク冒険者だ」


 ちゃんと状況を教えてやると、眠る前のことを思い出したらしく、真っ青になった。

 そして、自分たちの身体を見て更に顔色がなくなる。浅い傷ではなかったのだ。


「5階へ行く階段までみんなで送ってやる。前を歩け」


「ちょっと待ってくれ。おれたち、何で目が覚めたんだ?」


「おれがキュアをかけた。また寝ても起こす」


「おい、眠気覚ましポーションはないのか?」


「礼も言わずにずうずうしい。怪我とキュア治療の料金を請求してやろう。一人金貨2枚だな。命の値段にしては格安だ」


「…はぁっ?誰も助けてくれなんて言ってないしっ!」


「ちょっと待て、ガリ!こっちが失礼な態度だったのは確かだろ!…申し訳ない。助けてくれてありがとう」


「こんな弱そうな奴らが助けてくれたなんて嘘だって!騙されるなよ!」


「やめなって!現に助かってるんだから礼を言って当然だろ。頭の悪い奴らですまん」


「ホントにな」


 アルが同意すると、リーダーらしき四人の中では一番の年長者は苦笑して金貨8枚を支払ってくれた。


「じゃ、バカ二人は元の場所に戻すってことでいいんだよな?」


 アルは風魔法を使って、バカ二人を元の位置に運んで行く。

 強風で乱雑にぽいっと。

 かなり血が流れていたので元の場所が分かり易い。


「…本当に申し訳ない。非礼は幾重にも詫びるからこちらに戻してくれ」


 驚愕していたが、それどころじゃない、とばかりに我に返ったリーダー…鑑定によるとジャンは頭を下げて頼んで来た。


「アルさん。せっかく助けたのが無駄になっちゃいますよ」


 苦笑しつつ、ジョシュアがそう言う。


「別にいいけど?その方がスッキリするし」


「そんなことより、この二人だけでも送って行きましょう。ぼくたちだって眠気覚ましポーションの効果時間が、ありあまってるワケじゃないんですから」


「ごもっとも。割り切りは必要だよな」


 ラズの提案にウラルが同意した。

 一番甘いのはジョシュアか。複雑そうな顔をしている。

 ジャンももう一人も怪我を治したばかりで、あまり体調がいいとは言えないのだろう。後ろ髪を引かれるような感じだったものの、歩き出した。

 二人の後にウラルたちが続き、最後尾がアル。

 襲って来るスリーピングシープをジャンたち以外で倒しながら進み、さほど時間をかけることなく階段に到着した。

 じゃ、これで、とあっさりと別れ、アルたちはまた引き返す。


「アルさん、あのバカ二人、結界に閉じ込めてるんじゃありません?そんな簡単に見殺しに出来る人じゃないのが分かって来ましたし」


 ふふっと笑いながらラズが言う。


「あ、なんだ、そうなんだ。おれたちの反応も見るためですか?」


 ジョシュアがホッとしてから訊く。


「確定にすんな」


「バカ二人が見えて来ましたけど?」


 ははは、と楽しそうに笑いながらウラルが教えた。

 バカ二人はスリーピングシープに囲まれまくっており、二人で抱き合って怯えているが、怪我はしていない。


「よく似た他人なんじゃね?」


「でも、何で眠ってないんでしょう?魔法使ってるのに」


 物理だけじゃなく魔法防御も施してある結界だからである。


「さぁな。さて、せっかく集まってるんだから、ちょっと変わった範囲魔法を見せてやろう」


 アルは雷で出来た手のひらサイズのネズミを出すと『ぴか○ゅう十万ボルトだ!』と心の中で叫ぶ。雷ネズミはスリーピングシープの群れに跳びかかり駆け回った。

 羊毛は帯電し易いので、バチバチと膨張して、ぱんぱんぱんっ!と弾ける。

 異世界産魔物羊毛でも物理法則には従うらしい。


「…えーと…何でもありですね、アルさんって…」


「何で羊が膨れたんですか?」


「電気で帯電したんだよ。羊毛は帯電し易いから」


 もう用なしのバカ二人は結界を解除した後、重力魔法で軽くし、風魔法を推進力にして一気に移動し、階段口へとぽいっと放り込んだ。

 風魔法だけじゃなく重力魔法と併用すると、もう少し魔力が減らせる、ような気がする。


『6階、山もある高原フロアにて、十代後半から二十代前半ぐらいの四人組パーティがスリープ魔法で眠らされていたのを発見。なぶり殺しになりそうだった所をアルが助け、怪我の治療をし、キュアをかけて目覚めさせる。眠気覚ましのポーションを使ってなかったようだ。お礼と治療・目覚めさせた代金にパーティリーダーのジャンから金貨8枚もらう。この後、どうするべきかアルは子息たちと話し合った所、ウラルの意見を採用し、5階の階段まで子息たちも一緒に送って行った』


 報告書に書くのはこの程度のことだった。バカ二人の話なんかいらない。

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