035 残念、パパは間に合わない

 冒険者ギルド前、朝八時少し前。

 背中からはみ出る大きな荷物を背負ったメイド服姿の女性が異彩を放っていた。

 おいおい、という周囲の視線を不思議にも思わないらしい貴族子弟たちは、胸部だけをカバーする軽鎧に膝下ブーツ。

 紅一点のカーラも乗馬服のようなズボン。

 荷物は一番年長十五歳のジョルジュはそう大きくないリュックを背負い、ウラル十四歳、ラズ十三歳、カーラ十二歳の三人はウエストポーチを着けていた。


 時間通りに来たアルは、まずは挨拶を交わし、メイド服姿の侍女の名前を聞くと、サリアという名前だった。


「さて、質問。サリアさん、その大きな荷物は全部必要なもの?」


「はい」


「なら、何故、マジックバッグに入れねぇの?」


「おれも再三言ったんですが、聞いてくれなくて」


 ジョルジュが持っているのはマジックバッグだが、他三人の持つポーチもマジックバッグだった。

 アルは空間魔法を使えるからか、魔力の流れで判断出来る。


「わたしも言ったのに、自分の仕事だからダメって」


「今回は荷物持ちが仕事じゃないって言ったんですが、説得出来なくて」


 主人たるカーラの言葉もダメで、その兄にウラルでもダメだった。


「大きな荷物はダンジョン探索の邪魔になる、という判断が君たちにちゃんと出来たのはいいけど、サリアさんの服装はよ?いくら動き易くてもダンジョン舐め過ぎじゃね?」


「やっぱり、ダメですか…」


「やっぱり、と思うなら着替えろっつーの。こんな問答こそ時間の無駄。カーラはサリアさんと留守番な」


「えーちょっとわたしはいいじゃん~」


「パパに本当にいいのか訊いてみろ。サリアさんのこの空気の読めなさは絶対ワザとだ。雇い主に逆らえねぇだろうしな」


「……すみません」


 サリアは謝ることで婉曲に認めた。


「アルさん、何とかなりませんか。カーラはすごく楽しみにしていたんですよ。男だらけの中に女の子が一人ってダメなのは分かりますが、まだ十二歳で子供ですし」


 カーラの兄、ウラルがそう言い募る。


「そこじゃねぇ。貴族は体面を重んじるもんだろ。付け入られる噂になるだけでアウトだ。子爵も娘可愛さに口先だけで許可しただけだって。本気で許可出すのなら女の子だけのパーティにカーラを混ぜてもらい、更に護衛も増やしてただろうよ。万が一がねぇように」


 男だけでも子爵家の嫡男次男なので、今も当然護衛はついている。それが分かっていたので、アルは夜番をせず、普通に寝ようと思ってるワケで。

 もし、護衛がいなければ、結界があっても、アルはたびたび起きることになっただろう。結界の信用問題ではなく人命を預かってる責任感で。自分一人なら熟睡している。その辺、アルは図太い。


「さて、ダンジョンに向かうぞ」


 アルは男三人を促して歩き出した。


「待って!本当に置いて行くつもりなの?」


 本当に置いて行かれるとは思わなかったらしく、慌てて声をかけて来た。


「そうだけど?ついて来るなら落とし穴に落とすぞ」


 サリアが助けるだろうから解除の手間いらずな上、確実に足止め出来る。


「……や、やれるもんならやってみれば?どうぞ?」


 本気でそんなことしないと思ったらしい。さすが、甘やかされてる貴族のお嬢だ。


「では、遠慮なく」


 怪我させないよう、段階を踏んで深くなる落とし穴を作った。カーラはぴょんっとジャンプするが、着地場所も沈み、一気に深くする。深さ3m直径3mぐらいなので手足を突っ張って登って来ることも出来ない。


「本当に落とさないでよ、バカーっ!」


 文句を言う声は泣き声だった。


「あーあ、不幸な事故だなぁ」


 歩いたままで振り返らなくても索敵でカーラの位置が分かるので、ぐいっと穴の直径を縮め、カーラの身体から10cmぐらいにしてみた。


「ぎゃっ!いやっ!た、助けてっ!」


 続いてカーラの足の下だけ硬くして、アースランスのように持ち上げ、ちょうど頭が出るぐらいでストップ。

 ここまでやれば、自力でも出れるだろう。


「ほら、行くぞ」


 アルは言葉もなく立ち止まって見ていた三人を促して、再び歩き出した。


「パパに言いつけてやるからっ!イジメられたって言うから!」


 中々のはねっ返りだ。

 期待させるだけさせておいて、手のひらを返されたのなら怒って当然だが、そうしたのは父親の子爵であってアルじゃない。

 八つ当たりも入っているというのは分からないでもないが、昨日、少し会っただけの男に甘え過ぎだろう。この辺が箱入りお嬢の証拠か。


「カーラ!やめろって!」


 ウラルが止める。


「パパ、子爵なんだからね!平民なんてどうとだって出来るんだからっ!」


「へー?じゃ、今すぐ何とかしてみたら?昨日のこと、もう忘れたらしいな。サリアさんも護衛たちも手を出さない理由を考えてみろ。それが子爵の意向ってことだ。カーラ、お前は対応を間違えた。街まで来たついでに買い物なんてよくある話なんだから、多少帰るのが遅くなっても子爵は何も言えなかっただろうに」


 アルは立ち止まって振り返り、落とし穴から這い出す途中のカーラを見やった。


「…どーゆーこと?」


「アルさんにちゃんと頼めば、ダンジョンの浅層ぐらいは、連れて行ったってことだろ。女の買い物が長いことなんて普通だし、叔父様も文句言えない。あーあ、バカだな、カーラ」


 ラズはちゃんと意味が分かったらしく、親切に教えた。


「ちょっともう、フォロー出来ないよな。怪我させないよう、アルさんがものすごく繊細に魔法使ってることすら、気付いてないみたいだし。どかーんと攻撃魔法使うより難しいんだぞ、そういった操作の方が」


 ラズの兄、ジョルジュもその辺りは気付いていたらしい。


「もう放っとけ。行くぞ」


 またぎゃーぎゃー騒ぐ前に、さっさとアルは歩き出した。

 時間ロスも甚だしい。

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