028 人間なんで寝るけど?

 冒険者ギルドの受付嬢はアルを見るなり、奥の応接室に案内した。


「あ、ランクアップ手続きよろしく」


 また忘れる所だった。アルは革紐を通したギルドカードを首から外して渡した。


「ああ、そうでしたね。ギルドカード、お借りします」


 受付嬢が応接室を出て行くのとすれ違いで、ギルドマスターリックが入って来た。


「時間よりちょっと早いな。貴族の使用人が打ち合わせに来るから、もう少し待て。その間にその貴族の情報だ。

 依頼主はナバルフォール子爵、この辺の領主の側近だ。子爵には男女二人の子供がいて、ウラル十四歳、カーラ十二歳。側室にも子供がいるが、まだ小さいから除外。

 で、近々、子爵の姉の子供二人が遊びに来るそうなんだ。子供たちは従兄妹同士ってことだな。名前はまだ教えてもらってないが、年齢は十五歳と十三歳で男の子。この四人ともう一人カーラの侍女が入って、お前を入れて六人で臨時パーティを組むことになると思う」


 侍女を付けるという連絡はあったらしい。


「侍女の情報は?成人はしてるだろうけど、戦えるかどうかは?」


「その辺りはもう少しで来る使用人に訊いてくれ。他に質問は?」


「食事はどうするんだ?保存食?」


「そうだが、他にどうしろと?ダンジョン内で料理なんかしたら、魔物に集団で襲われるぞ」


「臭いが漏れない結界を張れるんだけど、それでもダメ?マズイ飯は食いたくねぇし。普通の冒険者パーティはこう戦って食事はこれなんだよ、と見学させればいいだろ。『本格的な冒険者になりたい』じゃなく、体験したいだけなんだから。快適に安全に、なら文句も言えねぇだろうし」


「…子供たちの冒険者の認識が変わりそうな辺りは?」


「だったら、おれじゃなく他の人に頼むんだな。おれの昇格試験は別の何かを考えることにしてさ。ダンジョン攻略でもいいぞ」


「ソロで達成したらAだぞ。…もういっそ、そうするか?」


「投げやりだし~。依頼達成実績は必要なんじゃねぇの」


 アルになってから依頼を受けてない。事後の依頼達成はあっても。


「ダンジョン内採取依頼もいくつか達成してもらえばいいって。…おー入ってもらえ」


 そこに、受付嬢がノックし「お見えになりました」と声をかけて来た。

 応接室に入って来たのは、家令らしきスーツのようなカチッとした服装の男で、年の頃は二十代後半ぐらいか。

 この世界は働き始める年齢が早いので、十年以上働いていればベテランになるのだろう。


「おはようございます。初めまして。ナバルフォール子爵の家令をしておりますナインと申します。以後、お見知りおきを」


 リックとアルは同時に立ち上がって会釈した。


「ご丁寧に。アリョーシャの冒険者ギルドギルドマスターのリックだ。こっちは今回依頼を受けたDランク冒険者のアル。Cランクへの昇格試験も兼ねているが、お子さん方は気になさらずに」


 リックがナインに席を薦めつつ、座るのでアルも座った。


「早速ですが、付き添う冒険者はアル様だけ、ということでしょうか?」


 ナインの認識もアルたちと大して変わらないらしい。

 引率じゃなく、付き添う、となると、監視の役目もして欲しいようだが。


「まだ若いが、Bランクのキングレッドベアを一撃で倒す程の実力者だ。結界魔法も使えるそうなので適任だろう」


「お子様方に快適に安全にダンジョン探索を楽しませる、という趣旨でいいワケだな?」


「はい。そうして下さるのなら幸いですが、お一人では大変ではないですか?当家のマジックバッグを御子息様方にお渡しする予定ではありますが…」


「大丈夫。おれも結構容量が大きいマジックバッグを持ってる。必要な物はこっちで用意するから、そちらはそちらで必要だと思う物を持ってくればいい。必要経費は後で請求する。おれの結界魔法は臭いが漏れねぇようにも出来るから、ダンジョン内で煮炊きしても大丈夫。後で訓練場で結界を突破出来るか試してくれてもいい」


 物理攻撃だけなら、この応接室内でも大丈夫だが、どうせなら、魔法防御力も見たいことだろう。


「では、後ほど試させて下さい。普通の冒険者の食事は保存食と水でしょうか?他は干し肉と堅焼きのパンとチーズぐらいで」


「そうだ。日帰り程度なら弁当持ちもいるが、魔物は臭いでも引き寄せるから、食べる場所は数少ないセーフティゾーンか、魔物が来ない階段かフロアボスを討伐した後の部屋になる。リポップまで時間がかかるし、他の魔物は入って来ないからな。…そういや、アル、結界はどのぐらいの時間、張っていられるんだ?」


「一日オーバー。解除しねぇ限り、ずっとっぽい」


「…はぁ?何だ、そのデタラメな結界は」


「便利でいいだろ。で、ナインさん、一緒に来る侍女は戦える?単なるお嬢さんのお世話係?」


「護身術ぐらいは使えると聞いてます。お嬢様は他の皆さんと一緒の扱いがいいとおっしゃっていましたが、そうも行きませんので、休む場所は男女別にしてもらえると幸いです」


「おいおい、アルは一人しか…」


「別々に結界を張るだけだから大丈夫だって。トイレに行きたいから結界から出せって言われても寝てるかもしれねぇけど」


「…お前も寝るのかよ」


「人間なんで。普通は野営の時は交替で見張りってのを教えるだけでいいだろ。体験したいって言うなら止めねぇけど。結界の中なら危険はねぇし。他に要望は?」


「…あ、はい。えーアル様が食事を作り、護衛もしてくれる、という認識でいいでしょうか」


「魔物を倒す時のサポートもだな。素早いフォレストディアとかホーンラビットとかを殺さず、お子様方の目の前まで連れて来て、押さえてるから倒せ、というのもやれるけど、そこまではいらねぇ?」


 バカにし過ぎかも。


「あーええっと、御本人様に確認を取って下さいませ」


「そこまでお膳立てってパワーレベリングかよ…」


「あ、その言葉はあるのか。そうそう。貴族は権力争いが普通だろうから多少でもレベルは上げといた方が生き残れるだろ」


 後々感謝されたら恩を売れて儲けものだ。


「そうですね…。ところで、結界魔法の他の魔法は何が使えますか?支障がない辺りまでで結構ですが」


「火、水、土、風、氷、雷その他」


「すごいですね。物理攻撃は何かスキルをお持ちです?」


「スキルは剣術だけだけど、ナイフも槍も体術もそこそこ使える」


「…お前のそこそこの基準はどこだ…」


 ギルマスリックのツッコミが入ったが、スルー。

 ナインは子供たちの従兄弟二人の情報は名前ぐらいしか知らなかった。

 十五歳がジョルジュ、十三歳がラズ。こちらも子爵家の令息だ。

 この二人は明日には到着予定なので、明後日からダンジョンという予定になった。

 まだ冒険者登録はしてないので、八時にギルド前にて待ち合わせ、ということで。侍女は登録してもしなくても構わない。

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