第3章・Dランク冒険者

027 朝飯まだだろ

「冒険者のアルさん、いらっしゃいますか?」


 朝、宿の食堂にてみんなで朝食を食べていると、メッセンジャーらしき、十歳ぐらいの男の子が入って来てそう訊いた。


「おれ」


 アルが手を挙げると、男の子は近寄って来る。


「茶色の髪に薄い水色の目、間違いないようですが、念のため、ギルドカードを見せて下さい」


 ちゃんと身分証を確認するらしい。

 首にかけたギルドカードを見せると、男の子は頷いた。


「冒険者ギルドのギルドマスターから伝言です。『今日、十時までにギルドに来るように。昨日話した件の打ち合わせをする』とのことです」


 この世界は時計の魔道具がそこそこ普及しており、個人では持っていなくても、宿や店にはだいたい設置してあった。

 昨日の件なら貴族、もしくはその遣いと会うことになるのだろう。


「分かった。ありがとう」


 チップに銅貨1枚を渡し、昨日作り置きしたサンドイッチ一食分と食品包装に使われている柔らかくて大きい葉っぱを、ダミーボディバッグ経由で出し、葉っぱでサンドイッチを包んで男の子に渡した。

 中身は四耳ラビットの照り焼きとキャベツだ。


「え?え?」


「朝飯まだだろ。オマケ」


「いいんですか?」


「もちろん」


「ありがとう!」


 澄ました態度が崩れ、年齢相応の無邪気な笑顔を見せて、男の子は足取りも軽く宿を出て行った。まだ仕事の途中なのかもしれない。


「おれも朝飯足りなかったな~?」


 羨ましかったらしく、ボルグがそんなことを言う。

 一昨日の夜はやはり、友人の泊まってる宿に泊まったそうで、変態女の餌食にはならずに済んだそうだ。飲み屋で会ってしまったそうだが。


「追加注文したら?」


「おれには優しくないし~」


「買ったもの?…なら、最初から包まれてるか」


「そ。昨日、せっせと作り置きしたんだよ。食堂で違う所の料理を出して食うのは、食堂側が気分悪いだろ」


 アルはボルグに意地悪しているのではなく、食堂の料理人を気遣ってるだけだった。


「さほど気にしないだろうけどな。それより、ギルマスから依頼でも受けたのか?」


「Cランクの昇格試験の話。お貴族様の子弟のダンジョン遠足の引率依頼」


「……どこからツッコミを入れていいのか分からんな…」


「引率って…えーと、臨時パーティ組んでダンジョン探索するってこと?」


「探索じゃねぇだろうけどな。お守りってギルマスも言ってたし。一般的に10階まで行くのってそうも大変?」


「お守りする人数にもよるかも。おれら、これでもCランクなんで、一般的がちょっと分からず」


「昨日、ダンジョンの5階辺りから、考えなしに動いてピンチになってたパーティがゴロゴロいたんだけど、ボルグたちもよく遭遇する?」


 ヤバイのは助けてあげた。


「まぁまぁ?10階まで行く間に二組ぐらいはいたな」


「5階以降の採取依頼が結構出てたから、それも関係あるだろ。依頼をこなすのに慣れて来たパーティが一番危険なんだ。ロクに調べず、準備もせず、対策も立てず、調子に乗って依頼を受けちまうから」


「正に『慣れた頃が怖い』だな。おれも改めて気を付けよう。依頼、全然受けてねぇけど」


「Eランクだと街の雑用ぐらいしかないしな」


「あ、Dランクに上がったんだった。カードの更新もして来よっと」


 すっかり忘れてた。


「軽い。もっと喜べよな~」


「全然苦労してねぇから実感も薄いんだよ。雷一発だし。ベアと言えば、10階のフロアボスのブラックベアもタフで刃が通り難いってホント?」


 アルが10階まで行ったのはついさっき教えていた。


「本当だ。今度は剣で倒したのか?」


「ああ。剣が折れるのは嫌だから魔力通して首をねたら、三秒でおしまいだった。まったく抵抗なし」


「……何かもう、な」


「普通の剣に魔力を通すのは、かなーり修練がいるし、出来るようになっても時間がかかるもんなんだぞ。普通はな。アルは普通とはかなーり外れた所にいるけどな」


「元々規格外だし。…あ、ヤバイ。お守り依頼で色々とやらかしそう」


 開き直ってる場合じゃなかった。


「たとえば?」


「こういうものを出して食べる」


 アルはダミーバッグ経由で皿に盛ったクッキーを出した。


「食っていいぞ」


 許可を出すと、すぐさま手を伸ばしたのはやはりボルグだった。


「菓子まで作れるのか。すごいな」


 ダンも甘い物は結構好きらしく、クッキーを食べて嬉しそうに微笑んだ。


「サックサク!美味い!」


 ボルグは見た目通りに甘いもの好きだ。

 アルも摘みながら、フレッシュハーブティを淹れた。ダンとボルグの分も。


「で、在庫が足りなくなれば、その辺で作り始めちまう、と」


「ダンジョン内で料理ってことか?」


「そう。防臭の結界も張れるんで安全に料理出来るワケで。これもダンジョン内で作った」


「……お前のダンジョンの認識って…」


「草原フロアって魔物が多いだけで外と変わらねぇし、虫がいねぇだけ更に快適じゃね?」


「通りがかる冒険者がいそうなんだけど~」


「いたけど、結界に沿って魔物が集まってたから、おれは見えてねぇと思う。その魔物を倒そうとして反撃されてた一組、穴場なセーフティゾーンに偶然来た人以外は」


「アル、ギルマスにその辺りを正直に申告しろよ。なら、引率はしなくて済むかもしれない」


「おれがいれば、快適に安全にダンジョン回れるんだから、文句は言われねぇと思うけどなぁ。『普通』はこうやってダンジョン探索するんだぞ、って他のパーティを見学させればいいワケだし。ああ、『体験見学ツアー』だな」


「つあー?」


 通じないか。


「案内人が色んな場所を案内して回ったり、体験させたりする娯楽短時間周遊。あっちではコースを色々用意して商売してる職業があるんだよ。案内人は客の安全を確保し、かつ、楽しんでもらえるようあらかじめ根回しし、食事の心配も移動手段の心配もしなくてよく、って感じ」


「そりゃ楽だし、面白そうだな」


「だろ。元手なしで出来る商売でもあるんで、人気職だったよ。増え過ぎて客寄せが大変みたいだったけど。…ま、ギルマスと色々話合うことにしよっと」


 アルはすっかり空になった皿をしまい、まずはもう開いている市場に向かった。

 メイン目的は粉類だが、物珍しい食材も多いため、ついつい時間を忘れそうになる。

 製麺機を使って麺作りまでしたかったが、タイムリミットだった。

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