025 安売りはしない主義

「あ、アルさん、この後、少々お時間ありませんか?ランクアップの件でギルマスが話があるそうです」


 受付嬢にそんなことを言われてしまった。


「元Aランクっていうギルマス?…何か絡まれそうなんだけど」


 副ギルドマスターのトーリから話を聞いてるだろうし。


「そんなにお時間取らせませんから」


 こちらへどうぞ、とアルは受付嬢に奥の応接室に案内されてしまった。

 錬金術師の店に…と言う時間なんて与えてくれず。まぁ、急いではいないが。

 アルがソファーに座って待っていると、程なく、予想通りに元冒険者というのが納得な、オレンジっぽい髪を短く刈り上げたゴツイ男が現れた。四十前後か。


「わざわざすまんな。ギルドマスターのリックだ。副のトーリと買取のヤンから話は聞いてる。お前がアルか。何でまだEランクなんだ?」


「冒険者登録してまだ半年なんだから普通だろ」


「レア称号持ちで、キングレッドベアを単独討伐出来ちまうんだから、前も大物を討伐してるんじゃないのか?」


「大物がいない田舎にいたのと親がやってる宿屋の手伝いしてたんで」


 アルトは。


「商人の護衛依頼でこの街に来たそうだが、盗賊に襲われた途中から人が変わったように撃退してすごく強かった、という証言がある。それからアルトではなく、アルと名乗るようになってるし、そこで何があった?」


 そこそこ調べたのか。


「おれの方こそ聞きたいって」


「そこで前世の記憶を思い出した、とは言わないワケか?」


「違うからな。アルトの意識は多分死んでる。出血量から腹の傷が致命傷だったんじゃないかと。おれの意識が入った時に治ったけど、アルトの記憶が流れ込んで来るとかはまったくなし。最初はこの身体に慣れてなくてかなり違和感があったこと、ステータスがスゲェことになってたことも、その証拠になるかも。

 アルトの事情にそれなりに詳しいのは、親しくしていた年上の友人が側にいたから、ってだけ。気のいい奴なんで今も友達だけど」


「……まさか、そんなこととは…」


「こっちも言いたい。称号通り、転生じゃなく転移なんだよ。意識だけの。帰るに帰れねぇから、冒険者やりつつ、帰る方法を探すつもりだけど、いつまでもランクが低いのは行動の制限をされそうなんで、ランクアップが出来るんならしてくれ」


 アルはさくっと話を戻した。

 ふと思ってしまった。

 意識だけの転移になったのは、自分の元の身体が色々と規格外だから、この異世界に影響を与え過ぎになるのはマズイ、ということかも、と。不本意ながらトラブル三昧な日常だったので、すごくありそうだ。


 よかった探しをすると、意識だけの転移の方が物理がないため、元の世界に帰り易いかも、という所だ。

 アルの意識が離れたらアルトの身体はどうなるかは分からないが、生き返ることだけはないだろう。


「Bランクのキングレッドベアをソロで倒せるんだから、Bに、と言いたい所なんだが、さすがにそこまでのランクアップは他の冒険者たちの反感も買うし、実績も乏しいんで、まずはDランクでどうだ?Cランクに上がるには昇格試験に合格しないとならないが、合格すれば短期でのランクアップでも誰も文句を言わん」


「昇格試験の内容は?ギルドによって様々だって話は聞いてるけど」


 それぞれの街のギルマスが試験内容を決めてるので。

 ダンたちのCランク昇格試験は、貴族の護衛依頼を達成するのが昇格試験だった。

 その依頼する貴族はギルマスの知人の協力者で、嫌な貴族を演じて忍耐度を試すものだったらしい。

 この先の糧になる試験内容だった、ということだ。


「初心者冒険者と臨時パーティを組んで、二泊三日でアリョーシャダンジョンの探索をして10階まで到達することだ」


「簡単過ぎねぇ?」


「お荷物連れてお守りもしてってことだぞ」


「それでも簡単だって。おれ、今日、ソロで10階まで行ったぞ。多過ぎだって文句言われたぐらい、ドロップ品を買取に出したんで、駆け抜けて行っただけじゃねぇのは分かるだろ」


「……色々と規格外なんだな。じゃ、早く戻って来る分にはいつでも構わない、一泊だけは必須ということで」


「ドロップ品は全部持ち帰るのか?パーティ組むのなら取り分はどう計算する?」


「もちろん、その辺りもパーティ内で話し合えってことだ。戦いにはあまり役立たなくても、サポートで頑張ってたり、野営で役立ったり、もあるかもしれないだろ」


「かも、な。予定してるのはちょっと冒険者になってみたい貴族の我儘坊っちゃん嬢ちゃんか」


「正解。そういった依頼が入ってて困ってたんだ。嬢ちゃんもいるなら、こっちも女性冒険者を出すから安心…」


 最初からアルに押し付けるつもりだったらしい。昇格試験にかこつけて。


「安心出来ねぇつーの。変態女のサーラを出して来そうなんだけど?あんなんでもCランクだし」


「とっくに面識ありか。あいつは本当にな…」


「そう思うなら、せめて、嬢ちゃんは断ろうぜ。若い子たちならサーラが何するか分からねぇぞ」


「断ることが出来たら困ってない。中々腕の立つ女冒険者がいなくてな…。ああ、で、当然、依頼の達成報酬もあるからな。ドロップ品については、こっちに提出義務はないから、坊っちゃんたちと話し合って好きにしろ」


「報告書は必要?」


 アルはこちらの文字を読めるだけじゃなく、普通に書くことも出来た。【多言語理解】スキルのおかげだろう。


「何の報告だ?」


「引率の」


「引率じゃなく臨時パーティだって言ってるだろ。報告書は親御さんが求めるかもしれないから、一応、書いた方がいいが…アル、報告書が書けるんだな?」


「もちろん。普通の冒険者って書けねぇの?識字率はそこそこだって聞いてるけど」


「学がない冒険者も多いんでな。おれも含めて。そのまま貴族に渡しても大丈夫な報告書を頼む」


「ギルドにだって報告書は残しとくもんだろ。今後のためにも」


「二通」


「手間賃は?依頼外でギルマスの仕事だろ、これ」


「銀貨2枚」


「安過ぎ。高給取りだろ、ギルマス」


「付き合いで出て行く金も多いんだよ。所帯持ちだし」


「おれだってそうだ。あっちの世界だとな」


「その身体の年齢よりもっと年上なのか。やっぱりな。実はおれと同年代だろう?」


「失礼な。二十四歳だ。謝罪込みで銀貨6枚」


「三倍はふっかけ過ぎだろ。銀貨5枚」


「妥協してやろう。貸し一つな」


「何故そうも偉そうなんだ」


「おれの報告書の出来次第でギルマスの評判も変わり、貴族に恩も売れるって分かってる?」


 だからこそ、安売りはしないワケだ。


「…頭いい男ってさ…」


「味方にしとくと心強いだろ。…あ、そうだ。錬金術を覚えたいんだけど、本か何かねぇ?」


「指南書なんて国家予算レベルだぞ…。錬金術師がやってる店で弟子入りを頼んでみたらどうだ。ダメ元で。紹介状は…」


「あ、受付嬢にもらった。興味を引ける物があるから多少は教えてもらえると思うけど。じゃ、行ってみる。昇格試験の日時や詳細が決まったら教えて。宿は『ランプ亭』な」


 一応教えてから、じゃ、とアルはさっさと応接室を出て、錬金術師がやってる店に向かった。

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