022 せっかく剣術スキルがあるので

「あ~よかったら分けてくれないかな?金は払うから」


「ご飯と肉系おかず味噌汁で銀貨2枚」


 ダンジョン価格で。日本円なら約2,400円だ。


「もっと価格を上げてもいいんだけど」


 相場を知らない坊っちゃんか。


「じゃ、机と椅子と食器類作成、及び、結界内に入れてやるサービス込みで銀貨3枚」


「ああ、構わないよ。よろしく。でも、作成からだと時間がかから…え?」


 では、と土魔法で赤髪男の机と椅子、食器類をさっさと作った所で、男の言葉が止まった。


「そんなに時間がかかるものか?」


 普通の土魔法での物作り速度が分からない。

 アルは一旦結界を解除してから、来い来い、と手招いて、男を椅子に座らせ、再び防臭でドーム状の結界を張った。


 それから、作り立て食器に料理をよそう。

 大きめの定食トレーにホーンラビットとフォレストディアの唐揚げと塩もみしてレモンっぽい柑橘類をかけたキャベツの千切り、具だくさん味噌汁、丼に炊き立てご飯だ。箸は使えないかも、とナイフとフォークも付け、ハーブティも付けてやる。

 和食が普及しているからか、箸を器用に使える人も多く、ナイフやフォーク同様、一般的になっていた。


 アルはトレーを男の前に置き、机に出してあった銀貨を回収し、作り置き作業に戻った。

 作った料理はダミーバッグ経由で空間収納へ。土鍋の一つは出したままにしておく。


「美味い!君は冒険者兼、料理人かい?料理の手際もすごくよかったし」


 男は早速、ナイフとフォークで食べながら感嘆した。


「単なる食にこだわってるだけの冒険者。どうせ食うなら美味い方がいいだろ」


「それはそうだけど、中々ね。名前を訊いてもいい?おれはランベルグ。ランディと呼んでくれ。Cランク冒険者だよ」


「おれはアル。Eランク冒険者」


「…はぁ?あんなに見事に魔法を使うのに?立ち居振る舞いも強者としか思えないのに…ああ、転職したとか?」


「そうなるのかな」


 冒険者登録は十二歳から出来るが、アルトは十五歳まで実家の宿の手伝いをしていたそうだ。

 家族が冒険者になるのを反対していたというワケじゃなく、家族経営宿に雇人を入れるには懐事情が厳しかったせいで。異世界でもあるある事情らしい。


「アル君は…」


「呼び捨てでいいって」


「じゃ、アル。冒険者登録してから、まだそんなに日数が経ってないのか、依頼をあまりこなしてないのか、どっち?」


「どっちもだな」


 ダンに聞いた話だと、アルトは冒険者になって半年程度だ。

 冒険者になった後も宿の手伝いに駆り出されていたので、とりあえず、実家の隣の街に拠点を移して初心者脱却し、ちょうどいいタイミングでダンたちが護衛依頼を受け、アルトも便乗してこの街に拠点を移すことになったらしい。

 そんな事情なので実家に手紙を書くとか年に何回か顔を出すというのは、ほとんどスルーでいいようだ。


「なるほど。…しっかし、美味い肉だな。何の肉?」


「ホーンラビットとフォレストディア」


 魔物だからかダンジョン産だからか、脂身が少なくても柔らかく、どちらもクセがなくて独特の歯応えが美味しい。塩振って焼くだけでも美味しいことだろう。


「このダンジョンのドロップ品の?」


「そう」


「そうなんだ。肉のドロップ率がいいとは聞いていたけど、おれはあまり出なかったのに。どっちも結構倒しても」


「そこは運に左右されてるんじゃねぇの」


「中層まで行くついでに、と依頼を受けなくてよかった。アルも中層目指してるの?」


「いや、個人的に食材集め。加工すれば長期保つようにも出来るし」


 ベーコンやソーセージ、燻製やジャーキーもいい。わざわざ天日に干さなくても、魔法でちゃちゃっと。いい出汁も出る。


「やっぱり、料理人にしか思えないんだけど」


「冒険者だから、常日頃から食料確保してるんだろ」


 冒険者じゃなくても確保していたと思うが。


「じゃ、アル、いずれは下層も目指すの?」


「ああ。その時は友達とパーティ組む予定。おれだけまだレベルが低いんだよ」


 今でも足手まといにはならないとは思うが、そこそこのレベル上げはしたいワケで。


「何だ、もう予定が入ってるんだ。残念。アルとパーティ組んだら、いつでも美味い物が食べられそうなのに」


 そこか、やっぱり。


「戦える料理人でも雇ったら」


「そういった人がいたらいいのに、中々いないんだ。女性だと色々気を使うだろ?」


 とっくに女関係トラブルがあったような口ぶりだ。ランディの色男振りでは無理もない。


 索敵にまたひっかかる。

 二人組の冒険者が魔物に囲まれていることを。群れに遭遇したので逃げたら、また群れに遭遇し、逆に逃げたら、といった感じらしい。

 4階の魔物三種類揃い踏みだ。二十匹前後いる。

 …仕方ない。助けてやるか。


「ちょっと失礼。一旦結界解除するから」


 アルは言い置いた後、ランディの前のトレー以外の食べ物をしまうと、足に身体強化をかけて走り出した。

 転移を見られるワケには行かないし、まだ間に合う。

 アルは冒険者二人が見えたと同時に防御結界をかけてやり、長剣を出して首をねて行く。

 魔法で一掃してしまうのは、せっかくの剣術スキルがもったいないし、経験も積みたい。

 ドロップ品を拾うのはダイレクトに収納して二人組の結界を解除すると同時に、まったく足を止めず、身体強化をかけたまま、さっさとランディの元に戻った。

 何が起こったのか分かるまい。剣士と魔法使い、女二人の若い冒険者だ。厄介事は避けたい。


「アル、一体何だったんだ?」


「ボランティア」


「ぼら…何だって?」


 これは通じないらしい。

 アルは改めて結界を張り直す。アルのいない所でランディを閉じ込めてしまうのはマズイので、一旦解除したワケだ。


「人助け。おれが把握出来る範囲に、魔物に囲まれてる二人組がひっかかったんだよ」


「だからってわざわざ助けに行ったんだ。冒険者は自己責任だし、割り切りも必要だよ。魔力も体力も限りがあるんだし」


 あいにくと、アルはほとんど無尽蔵の魔力量だ。ランディの言いたいことも分かる。


「全部承知してるけど、寝覚めが悪いだろ。単にそれだけだって。そもそも、限りある食料を分けてもらってるあんたに、自己責任とか割り切りとか言われたくねぇなぁ。金があっても食材だけあっても、たとえ、調理道具があって料理も出来ても、安全な場所がねぇと食えねぇんだぜ?」


 アルは自分の立場を棚上げしまくってる所を指摘してやった。

 ダンジョン内では何が起こるか分からず、冒険者同士の争いで死傷者が出るということもあるので、知らない人を警戒して当たり前なのだ。ソロなら尚更。

 まぁ、アルは結界魔法が使えるし、他の魔法も使えるし、奥の手もあるので余裕があるワケだが。


「あーいや、まぁ、…ごもっともです」


「じゃ、おれはそろそろ行くんでこれで」


 置いたままだった、机と椅子をダミーバッグ経由で収納すると、結界も解いた。

 ランディはもうほとんど食べてるので問題あるまい。


「あ、こっちの椅子と机はどうすれば?」


「置いとけばいいんじゃね?またここ来るんだろ。ダンジョンに飲み込まれるかどうか分からねぇけど」


 ダンジョン産の土を使ってるので、微妙な所だ。

 食器は持って行っても置いといてもどうでもいい。ささっと作った物なのでそれ程出来はよくないのだ。

 アルはじゃ、と片手を挙げると、魔物狩りに戻った。

 普通に歩いていても、距離があるので助けた二人組が追いついて来るようなことはない。

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