021 メシテロ

 さて、同じ階層内転移は普通に出来た。

 では、階層をまたぐとどうなるのだろう?

 アルは試してみたいが、浅層は人が多いので目撃されるかもしれず、もっと深い階層に行ってからの方がいいだろう。

 転移魔法が使えるのは切り札として取っておきたいので、信用も信頼もしているダンにすらまだ教えない。


 意外とすんなり魔法を覚えて行くので、ならば、錬金術も!と思うが、やり方を知らないので始め方がまず難しい。

 薬草からポーションを作ってみればいいのだろうか。魔力のゴリ押しで行ける気がする。


 後でダメ元で冒険者ギルドの受付嬢に訊いてみるか。錬金術関係の書物がないか、錬金術師のツテを持ってないか。

 錬金術の何がいいかと言えば、簡単に金属加工が出来そうな所がいい。

 材料があれば、料理やお菓子だって作れるかもしれない。せっかく魔力が豊富なのだから、有効活用したい。


 場所がよかったのか、先程のように魔物が集まって来るというのはなかった。木々に囲まれたこの場所は、穴場の休憩スポットなのかもしれない。

 そう思った時だ。

 常時発動(パッシブ)になってる索敵で一人の人間がこちらに近寄って来るのを察知した。どうも、休憩スポットという推測が当たりらしい。


 だからといってアルがまた場所を移すというのもしゃく

 マイペースに引き続きティータイムをしていることにした。その後はまったりついでにご飯をたっぷり炊いておこう。宿は朝食夕食付きなので、昼、おやつ、夜食用に。

 そうだ。手動のミンサーや製麺機を土魔法で作ろう。耐久性が問題になるが、鉱物やガラスを混ぜたらどうだろう?同じく土から作られる物だ。


 そんなことを考えてる間に、一人の男が木々を縫って顔を出した。

 しっかり鍛えた身体に似合わず、女性陣にキャーキャー騒がれそうな優しい顔立ち。赤髪にサファイアブルーの目は大きく見開かれている。年の頃は二十歳前後だろうか。もう少し若いのかもしれない。


「…えーと、こんにちは?」


「こんにちは」


 挨拶されたので返した。


「何やって…いや、お茶してるのは分かるけど、何故、そうも優雅にお茶してるの?その椅子とテーブルはどこから?」


「マジックバッグから」


 …ということになっている。土魔法で作って出来のいいのは収納している。


「君、どこかの御曹司?」


 そんな言葉がこちらでもあるのか。


「違う。マジックバッグは運がよかっただけ」


 ダンジョン産だと匂わせる。


「冒険者?」


「もちろん」


 アルは首にかけてるギルドカードを摘んで見せる。

 身分証明にもなっているので、身に着けておくのが基本だった。

 異世界物創作物のように、多機能のアーティファクトではないので、討伐数やステータスは表示されないが、魔力登録してあるので本人かどうかが分かるようになっている。身体はアルトなのでアルになっても問題なかった。


「ここ、セーフティゾーンみたいになってて、魔物が来ないの、知ってたんだ?」


「偶然。このダンジョンは初めて潜るし」


「そっか。近くで休憩してても構わないかな?」


「別に断らなくていいって」


 透明なので結界を張ってるのに気付いてないようだが、赤髪男はアルからそこそこ距離を取って座った。

 そして、水袋を出して水分補給をしてから、高そうな剣の手入れを始める。油脂の除去剤の粉末を布に付け、剣身を磨く。手慣れた仕草だ。


 男も冒険者ギルドカードを首に着けてるので、冒険者なのは間違いない。騎士の方が似合ってるが、元騎士なのかもしれない。

 男も軽装で荷物はさほど大きくないリュック一つ。マジックバッグか、中にマジックバッグが入っているのだろう。ズタ袋タイプが多いそうなので。


「んん?何故、何も匂わないんだ?焼き立ての所を見ると、さっきまで調理してたハズなのに」


 やっと気付いたらしい。時間停止のマジックバッグは滅多に出回らない。


「防臭も付けた結界を張ってるから」


「…ああ、魔道具で?そう無造作に使える魔法じゃないんだけど…」


「人によるんじゃねぇの」


「そうかなぁ?ところで、それ、何?白い、ちょっと黄色のもの」


「アイスクリーム。氷菓子」


「…え?どうやって持って来た…作ったの?君が?」


「そう。砂糖と卵とミルクを適当に混ぜて加熱して、冷やせば出来上がり」


 この世界の卵はクリーンや浄化を使っても生は怖いので、しっかりと火を入れた。


「そう簡単にレシピを教えていいの?」


「既にどっかで売ってると思うぞ。簡単だし、配分や材料によって結構変わるから」


 冷凍の魔道具があるのだから、とっくに広まってるだろう。溶け易いので、どうしても出回る場所は限られてしまうが。


「そうか」


 自分が知らないだけかも、と男は思ったらしい。

 その後は何だか黙り込んで考えているので、アルは気にせず、パンケーキを平らげ、続いて土鍋を取り出し、ご飯を炊くことにした。ああ、そうだ。たっぷり肉が手に入ったので、スープやおかずも作ろう。


 マジックバッグでも温かいまま収納出来るし、大半は時間停止じゃないので出した時には当然冷めているが、温め直せばいい、と作り置きしている人もいる、と聞いた。

 腐る前に食べる予定があればいいだけなので、合理的だ。

 中には冷蔵・冷凍・日保ちさせる魔道具に入れてからマジックバッグに、という出来る限りの保存を考えた猛者もさもいるかと思ったが、魔道具が高くて大きいのでそんな話は聞かないそうで。

 なので、アルが作り置きしても不審には思われないだろう。


 魔石コンロは二つあっても、作り置きするとなると少々足りない。下ごしらえだけやっておく、というのも時短か。


 おかずは唐揚げ、ハーブ塩揚げ、照り焼き、味噌炒め、野菜炒め、魔物肉ハンバーグ、フライ、山菜天ぷら…と、ここまで作る時間はさすがにないので、前半三つぐらいか。

 油は植物油もあり、割と安価だったので魔道具を使っての大量生産が出来るようだ。


 男にじーっと見られているので、アルは魔法を使わず、地道に包丁を使って食材を切って行く。作り置きスープは具だくさん味噌汁で。


 ぐぅぅぅう!


 アルが炊き上がったご飯をしゃもじでかき混ぜていると、盛大な音が聞こえた。出所は赤髪男だ。恥ずかしかったらしく、頬が赤い。

 臭いは分からないだろうに、見ているだけで胃袋が訴えることになったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る