008 平和ボケへの伝言

「あ、アルトさん。こちら副ギルドマスターです。あなたのステータスについてちょっと話を聞きたいとのことで」


 守秘義務はなく、『報告ほう連絡れん相談そう』はしっかりしてるらしい。


「初めまして。アリョーシャの冒険者ギルド副ギルドマスターのトーリだ。少し見せてもらったが、とてもEランクとは思えない動きだった。本当に攻撃系スキルはないのか?」


「ステータスはそこの受付嬢も見てるけど?何か誤魔化す方法があるってこと?」


「隠蔽する、幻覚を見せるスキルや魔道具があるんだよ。ま、もし、君がどれかを持っているのなら魔法の方を隠したと思うけどな」


 空間魔法はレア魔法なのでこれは言わないでくれるらしい。


「じゃ、何の用事で?」


「君のような称号持ちに伝えてくれ、と代々冒険者ギルドに伝わってる言葉を伝えに。『弱肉強食』と」


「わざわざそんな言葉を?」


 殺さないと殺されるからためらうな、という意味だろうが、わざわざそんな言葉を残さなくても少しこの世界にいれば理解出来るハズだ。

 この世界の「勇者」「聖女」「賢者」「英雄」は元異世界人が多い、と聞いた。

 こんな伝言を残す程、転移者転生者がいたのなら、もっと情報を集めれば、帰還方法も分かるかもしれない。


「やっぱり意味が分かるのか」


 こちらの世界の人たちには分からないらしい。


「過去に同郷の人がいたみてぇだな」


 地球人であっても日本人とは限らないワケだが、

『すちゃらか宗教で農耕民族だったことから大半は温厚、食にこだわる国民性で環境に馴染み易く、手先が器用なことから文明の発展も期待出来る。だから、転生・転移者に選ばれることが多い』

という異世界ファンタジー研究、みたいなコメンテーターが言っていた。確かに、ありえる話だ。


「どういった意味なのか教えてもらっても構わないか?」


「別にいいぞ。『弱肉強食』とは『弱いものは強いものに食べられる』という意味。食物連鎖であり社会の仕組みでもあるな。わざわざその言葉を残したのは、おそらく、大半のこの称号持ちは平和ボケした国からやって来てるから覚悟を決めろ、という警告だ」


「警告なのか。しかし、平和ボケとは?」


「世界で一番安全な国で暮らしていれば、何もしてないのに問答無用で殺しに来る連中がいるとは中々信じられねぇんだって。おれはちょっと特殊な環境にいたからスキルに頼らず戦えるけど、人を殺したことはねぇし」


 この先も出来れば半殺しぐらいでおとなしくして欲しいと思っているが、甘いと言われそうなのでアルは言わない。ある意味、苦しみが長引く半殺しの方が酷いかも、だが。


「…んん?ちょっと待ってくれ。言葉を残した人も君も過去にこっちに来た人たちを全員知ってるワケじゃないだろうに、国が一緒だとどうして分かる?君が分かったのはたまたま同郷だったというだけかもしれないぞ」


「その辺は色々話が残ってるし、検証した人もいるんだよ。本当か嘘か分からねぇけど、同じようにこっちの魔物の話も伝承として残ってるから、何か関係があるんだろうな。多分、だけど。ちなみに、おれ、記憶が曖昧でどうしてこうなってるのか、あっちの詳しい立場も忘れてるから訊いても無駄だぞ」


 アルを転移させた神だか超越者だかが、敢えて記憶を曖昧にしたような気がする。そうじゃなければ、大半の人は混乱するだろうし、最悪、精神崩壊する人もいるかもしれない。


 まぁ、それにアルが当てはまるかどうかは疑問だが、誘拐であり、強制単身赴任転移なので、元凶を半殺しにした所で精神薄弱、正当防衛で無罪だろう。

 ふむ。早急に強くなる必要があるようだ。魔法のある世界なので、やり方によっては短期間で強くなれるハズである。


「そうか。まぁ、困ったことがあれば力になろう。君の称号は黙っていた方がいい。過去の称号持ちが色々と役立つ新しい技術を持っていたことから、囲い込もうとする者もいるからな。ギルド職員には箝口令を敷いてあるのでステータス確認も問題ないが、他の皆もむやみと話さないように」


 そう注意をしてから副ギルドマスタートーリは、受付嬢と共に訓練場を去って行った。


「何の話か全然分からなかったんだけど、あれってすっげぇ称号なんだ?」


 ボルグがそう質問した。


「逆だ逆。称号じゃなく、アルがすげぇ、だな。ちょっと話しただけでもかなり頭いいし、ポロポロ新知識を出して来るしな。アルの作ったスープだって美味かっただろ」


 ダンがそうツッコミを入れて、アルがどうすごいのか少し説明した。


「あっ!確かに。そーゆーことか!美味しいもんがたくさん作れるってことで」


「間違ってねぇな。食にはこだわってたんで。料理やバッグのレシピを売ってその後も発案者として、そのレシピを買うたびに、作るたびにマージンもらうってこと、出来る?」


「まーじんって?手数料?」


「利用料」


「レシピを売る先が商業ギルドなら可能だと思う。ポーションとか薬とかもそういった売り方があるし」


「どーゆーこと?」


 あまり考えないタイプのボルグは首を捻っていた。


「レシピが広まればおれが作らなくても、その辺の店で食うこと買うことが出来るようになり、更にその店独自のアレンジも出て来るってこと」


「え、真似っ子されるってダメじゃね?別に広めなくても自分だけで稼げばよくない?」


「よくない。別に料理人や職人になろうとは思ってねぇし、変に目立てば潰されるのが世の中だろ。稼ぎはそこそこでいいんだって、そこそこで」


「そう言ってる奴程、稼ぐもんだ。アル、金持ちだっただろ?」


「まぁまぁな。じゃ、今日はここまでにして宿決めてから買い物に行くか」


 変態女もギャラリーと同じくまだ呆然としているうちに、さっさと退散するに限る。


「そうだな」


 そそくさとギルドを出た後、アルはダンとボルグの荷物も空間収納に預かった。もちろん、周囲の人間に見られないようにして。ダンはマジックバッグを持っているが、さほど容量がなかった。

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