002 記憶が曖昧なんだが?

 荷馬車は横転していたものの、何とか無事だったのでみんなで引き起こし、襲撃された街道から少し移動した。

 広場みたいなひらけた場所で石で簡易かまどを作り、鍋にお湯を沸かす。盗賊を撃退してお疲れ様の一服という所か。

 乾燥した茶葉じゃなく、その辺のハーブを摘んだフレッシュハーブティーのようだが、お茶の文化はあるらしい。

 …何かカラフルな見たことのない植物もあるのだが。


「アルト、お前、一体どうした?いきなり何かのスキルに目覚めた、にしてはこんなにすぐ使いこなせる強力なスキルなんて聞いたことないし…」


 魔法があってスキルもある世界らしい。

 ハーブティが出来上がり、それぞれ飲み出すと、くすんだ金髪を短く刈り込んだ、人懐こい犬を思わせるような茶目の大柄な男がそう訊いて来た。年齢は二十代半ばぐらいか。


「顔は一緒でも雰囲気からして別人…」


「何らかの理由があって今まで強いのを隠してた、とか?」


「それはないだろ。前と動きがまったく違う。体幹ぶれぶれで無駄な動きが多く、いかにも鍛錬不足な感じだったのに」


 他のガタイのいい護衛らしき人たちからも次々と言われる。


「同感。けど、その前にこの身体、アルトって言うのか?」


 ハーブティの入ったカップに映る自分の姿は、暗めの茶髪にグレーの目、顔立ちは欧米人の十人並みで、一度会ったぐらいでは覚えられないだろう平凡な容姿だった。

 色彩はハーブティの薄い緑色でちょっと違うかもしれないが、もう少し明るい色かも、という程度だろう。


「…身体?」


「信じられないだろうけど、この身体、自分の身体じゃねぇんだよ。もっと動けるよう鍛えてたのに何もかもが鈍い。とりあえず、襲われてたから反撃したんだけど、記憶が曖昧なんでおれこそ、何でこんなことになってるのか知りたい。まず、この身体の主はアルトで護衛か何か?」


「ああ。専属じゃなく、今回限りの商人の護衛依頼を受けて。アルトはEランク冒険者で本来なら護衛依頼は早いんだけど、拠点をこの先の街に移そうとしてたのとオレたちがいたから雑用兼でオマケで」


 戸惑ったようだが、最初に声をかけて来た大柄でガタイのいい犬系の男がそう答えた。


「あんたの名前とアルトとの関係は?」


「名前はダン。Cランク冒険者だ。アルトの両親は宿屋をやってて、アルトには昔から兄貴のように懐かれててな。お前はアルトとはまったく違うようだが、どう呼べばいい?」


「じゃ、アルで。本当の名前は分からない。ダンは冷静だな。こういった状況自体がよくあるのか?スキルがどうのと言ってたし」


「スキルについては時々あるんだ。急に目覚める?発現する?ことが。お前こそ…アルこそ、冷静過ぎだろ。いきなりこんな状況だったらパニック起こすのが普通の反応だぞ。元々戦士なのか?」


「まぁ、ある意味。正当な理由もなく剣や武器を持っていたら捕まる平和な国で暮らしてたんだけど、おれの周囲はトラブル三昧で…ってその辺の記憶も所々曖昧なんだけど。そういや、冒険者のランクってEから?」


 記憶が曖昧だからこそ、実感も薄いのだとアルは思う。


「Fからだ。Cで中堅といった所だな。Cから昇格試験があってそう難しくない実地試験だが、Bランクは実地だけじゃなく筆記試験も合格しないとならない。Bランク以上は貴族の依頼も増えるから、手紙を書くこともあるだろうし、受け答えが少しはちゃんと出来るように、だってさ」


「貴族がいるんだな…」


「アルの国にはいなかったのか?領主は貴族だろ?」


「いや、平民。そういった身分制度はない国だった。そういや、こいつらは山賊?盗賊?」


 数珠つなぎに縛って馬車と繋いだ襲撃者たちを親指で指す。一応、こちらからは見えるが、会話は聞こえないだろう位置だ。


「盗賊だ。山だけにいるとは限らないから。…身分制度がない国か。聞いたことがないからかなり遠くのようだが、こうなったきっかけとか何かあるのか?アルトの意識はどこに?元に戻るのか?」


「全部こっちが聞きたい。アルトは召喚術降霊術みたいなことは出来たり…しないよな、やっぱ。スキルとか特殊能力とかってあるかどうか、どうやったら分かる?」


 ダンが首を横に振ったので、アルは言葉を修正する。


「それも知らないのか。自分の内面に集中するとあるのが分かるんだが…魔力の操作は得意か?」


「分からねぇ。魔力がない国…やっぱ国じゃなく世界か。魔力がない世界だったから、こっちとは世界自体が違うっぽい。魔力ってのは魔法使う時に消費する力って認識でいい?」


「合ってるが、何でそれは分かるんだ?魔力がない国…世界なんだろ?」


「想像力が発達した世界で、もし、そんな不思議な力があったらっていう創作物がたーくさんあったんだよ。創作物じゃ分かり難いか。お話。おとぎ話。誰かが作った話」


 馬車は壊れていなかったので、お茶した後、再び馬車は出発したが、馬車に乗るのは依頼主の商人たちだけで護衛は歩き。

 周囲を警戒していて大声じゃなければ、特に黙ってる必要はないのでアルはダンからこの世界のことについてあれこれ教えてもらった。ダンは結構頭がよく考え方も柔軟のようだ。

 どうやら意識だけの異世界転移、らしい。


 憑依じゃないのは、身体の持ち主たるアルトの意識がまったく感じられないので、可能性は低そうだ。

 腹を切られた時、「死んだ」と思ってそのまま来世に旅立ったのかもしれない。汚れていた出血量も結構な量だった。その汚れた服は生活魔法の【クリーン】でキレイにしてもらっている。

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