快適生活の追求者~強制単身赴任転移~

蒼珠

第1章・強制単身赴任転移

001 自分の身体じゃねぇ!

 動物の身体の反応には『脊髄せきずい反射』というものがある。

 『大脳を通さずに身体が動くこと』と定義されており、分かり易いよく知られた例は、『手が熱い物に触れた時、熱いと感じるより速く手を引く』という思考が介在されていない反応のことだ。

 速い反応というくくりでは『条件反射』というものもあり、こちらは『習い性』『身体が勝手に動く』とも言い換えられる。


 『脊髄反射』と『条件反射』の違いは『脊髄反射』は身体に害がある時に身体を守るために自動的に反応するが、『条件反射』はその名の通り、身体に害があるかどうかに限らず、条件次第になるのでその辺りが違いになる。


(この場合はどちらもかな)


 第三者から見れば一刻を争うような状況でありながら、内心はそんな悠長な考察をしていた。

 自分に襲いかかって来る輩を排除することなど、今更も今更だったのだ。

 しかし、今回の状況は今までで一番、あからさまに命を狙われていた。


 大剣と呼ばれる大きな剣や両手剣や片手剣や槍を持ち、奥には弓をつがえた人までいる。敵だと思われる連中は十数名。

 服装は大半は年季の入ったくすんだ色の服に革の胸当て、よれよれで粗い作りのブーツで、布で顔を隠していたり、魔法使いのような膝丈まである長いローブを羽織っている人までいて…何やら大半の人が想像する盗賊らしい盗賊だった。

 ファンタジー映画やアニメ、ゲームのイメージのままの無精ヒゲ面の悪人面でもある。


 そして、視線を移すと幌が付いた馬車が横転しており、その周囲では怪我をして血を流している人たちが転がっていた。

 こちらはだらっとしたローブを羽織った中世の商人のような人、その護衛らしい武装した人たちも怪我人ばかりのようだ。

 商人の荷馬車が盗賊に襲われたのか。


(…いや、襲われ中ということらしいが、一体、何のアトラクションだろう?)


 疑問に思いつつ、襲撃して来た悪者らしき奴らを叩きのめして行く。

 木刀ならまだしも剣なんて使ったことがないし、持ってもいなかったので、武器はなし。まずは体術で。


 殴る蹴る投げる手足を折ると動くうちにどうもリーチと間合い、身体の動きが鈍く反応もかなり遅く、何だか身体が重いように感じ、筋力も低下しており、いつもとかなり違っているが、体調が悪い、どこか痛むといったことはない。

 何とか工夫して、相手の力を利用する合気道をメインにして戦い、足りないリーチは武器を奪って補った。

 …とはいえ、剣なんて使えないし、殺すつもりはないので剣の平で叩いて行く。つまり、鉄の棒と同じ扱いだ。


「な、なななんだ、こいつっ…」

「聞いてないぞ!何だ、こいつは!」

「さっき倒したハズなのにっ!」

「知るか!」

「何で腹に怪我しながら、ここまで動けるんだ?」

「返り血じゃ…」


「いや、誰も切ってねぇって。こんな一部だけに返り血なんか飛ばねぇし」


 戸惑う盗賊?たちに思わずツッコミを入れたが、何、この声。妙に高い。何か変な物でも食べたっけ?

 それはともかく、自分の腹には確かに血がベッタリと付着している。身体はまったく痛くないが、返り血でもない。中から滲み出た感じだ。

 血糊の袋でも腹に仕込んでいたのだろうか?


 んん?そもそも、この身体、自分の身体じゃない。

 指も爪も形が全然違うし、手の大きさも違うし、肉付きもリーチも鍛え具合も使い勝手も何もかもが違い過ぎる。身体の反応速度も違うので調整が必要だが、色々と状況把握をするには、まずは安全を確保してからだ。


 長い杖を持ち何やら呪文を唱えているローブの奴から、火の玉が放たれるが、その直後に距離を詰めて蹴り倒す。攻撃が到着するまで待ってやる方がどうかしている。

 それにしても危なかった。ギリギリセーフ。走る速度が予想より遅くてつんのめりそうになり、三段跳びのようになった。


 他のローブの連中も近接戦闘に慣れていないらしく、何の反応も出来ず、蹴り飛ばしても、手をつく程度の受け身すら取れなかった。

 いや、そもそも連携という言葉自体を知ってるかどうか怪しい襲撃者どもで、周囲をあまり見てないのか視野も狭い。前衛の剣士、中衛の槍使い、後衛の弓使い、総じてロクに反応出来ない。

 そもそも、こいつらが弱いのか。


 腕っぷしが強かったらどこかの金持ちや貴族?や権力者に召し抱えられたり、傭兵や冒険者になったりするだろうから、盗賊?山賊?になんかになってない。

 そう思いながら倒して行き、徐々にこの身体に慣れて来たせいもあってさほど時間がかからず、立っているのは被害者側だけになった。


 それにしても、あの火の玉は、手品や化学兵器という可能性もあるが、服装や馬車の文明水準が低そうな所からしておそらく魔法がある世界なのだろう。

 ゲームや映画やアニメや小説で馴染みがあると言えばあるし、自分の身体の状況からしても推測は出来るので大して驚かなかった。

 あれだ。これが現実ならば、ここ数年、創作作品でブームになっている異世界転生、或いは異世界転移。…かもしれない。


 死んだ覚えがまったくなく、これ以前の記憶も曖昧なので、一時的に意識だけこちらの世界の人間と同調?みたいなことになった、という可能性もある。

 しかし、この身体の主の記憶が流れ込んで来るワケでもないので、可能性としては低そうだ。


 そもそも、何語を話してる?話していた?聞き覚えのない言葉だと思うのに、意味も分かるし、話すことも出来るのは魔法か何かのスキルなのか。


 まずは、誰かこの状況を説明してくれないものか。

 自分は守られる側だったのか護衛だったのか、はたまた通りがかっただけの旅人、或いは冒険者みたいな職業だったのか。

 商人らしき武器なしの軽装の人たちと武器を持ち、防具も着けた冒険者らしき人たちは傷の手当もそこそこに呆然としており、説明は無理っぽい。

 敵じゃなさそうだが、味方と言うには、記憶がないので確信が持てない。警戒だけはしておこう。


 とりあえず、被害者側には死にそうな人はいないので、転がってる襲撃者たちを何とかしよう、と呆然としている人たちに声をかけ、縄をもらって縛り上げることにした。

 死亡者は穴を掘って死体を入れて燃やして埋める。

 何か魔法を使い、にならない処理もしたらしい。

 …って、ちょっと待て。


 って!?



――――――――――――――――――――――――――――――

*関連SS「番外編07 あの時の裏事情―ダンside―」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16817330659248555612



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る