第15話 人魚の涙
五月雨は夜半に訪れる。
曇天が島を覆っている。
吹き渡る海風がしっぽりと重くなり、風に揺れる緑が濃くなってきた。
気温はまだ高くはないが、湿気のある分だけ不快指数が上がっている。不思議と深夜に降雨は集まって、日中は雲の切れ間に太陽がかくれんぼでもしているような日が続く。
この陽気だと小学校の運動会への影響はないようだ。今年で最上級生なので、息子は入場行進の旗手を務めるという。その日は休暇を申請している。
島内では子供の行事が、まず最優先になる。
職場が先に配慮して工夫する土地柄だった。
子宝、という言葉が都会よりもひと際重い。
「最近さあ、ウワサがあるんだよ」
まだ声変わりしていない甲高い声で訴える。
「あのさ、中2の響ちゃんね、お義母さんと喧嘩したんだって」
響というのは最近の転校生だった。
雪のような白肌を持つ、美少女だ。
先月の問診の時に、そっと私の腕に触れたその手から、少女のものとは思えない想念が伝わってきた。
《貴方は、有るの》と音声では無い声が問うた。
接触想念、とでも呼べばいいのか。骨伝導に近いものかもしれない。触れ合った皮膚の接触面から声が届く。かつて水中で出会った、あの人魚の言語に近しいものを感じた。
彼女を引き取ったのは親族であるらしいが、あまり世間の評判は宜しくない移住者だった。
島では過疎対策で移住者を求めていた。格安の新築物件も建設して、定住を促進している。元々が移住してきた人々で成り立つ島だった。
悠久の昔より海上交通の要衝で、貿易も盛んだった。だから新参者でも温かく迎えてくれる。ただ定住に進む前には、島の仕来りというものがある。それを乗り越えられないと途端に息苦しくなるのが世間の習いだった。
「そうか。今度また中学に問診に行くので、ちょっと聞いておくね」と彼に告げたとき、スマホにメールが届いた。
夜を走った。
外周で30㎞もない島だ。
港で貸しているアシスト自転車ならば、ものの1時間で県道を一周できる。そこをライトを片手に走っている。
スマホに行方不明の児童の情報が流れてきた。
それがあの響だという。常駐する警官も少なく父兄会で手分けすることになっている。万一のために外科医は診療所に詰めている。
島では18時に音楽が流れ、その時報の前には帰宅している習慣だった。
この時期でも既に道は暗く、街灯も少ない。
性犯罪などは少ない場所だが、この時期でさえ灌木の茂みには猪の仕掛け檻が置いてある。地元の子供なら近づかないが、もしかくれんぼ気分で入ってしまうと大変だ。
彼女はまだこの土地柄には疎いはずだ。
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