第14話 人魚の涙
あれは古風な形状の十字架だった。
四辺に扇状の柱が伸びている。大航海時代のガレオン船の帆に描かれているような十字架がを模したロザリオだった。
その柱に瑠璃が、象嵌で散りばめてある。
柱の交差した中央の石は見事にカットされ、深海の蒼の煌めきがあった。
「身の証か、危険な代物を代々受け継いだものだな」
「そうさ、空気が悪くなったと言ったな。俺もこの話が何処まで真実かは判らない。が、歴史資料として淡々と説明するな」
学芸員は厚い唇を引き結び、四角い顎に右親指を添えて思案顔をした。彼もカソリックだという事を思い出した。
「キリシタン大名ってのは人身売買を行なっていた」と毒でも吐くような声で、まるで罪人が告解するかのように絞り出した。
戦国絵巻の背後は民衆の涙がある。
南蛮貿易の端緒で主な輸入品は、火薬そのものか原料となる硝石だった。
日本人らしい話だが、火縄銃はあっという間に戦国に普及した。さらに国友鍛冶の妙腕で次々と改良型が大量生産された。ヨーロッパ全土を超える保有数だったというが、その総数には諸説ある。しかしながら硝石が日本では産出しない。このために輸入に依存していた。
その支払に充てたのが妙齢の女性である。
彼女らは娼妓として、ジャワ島やマカオなどで陰惨な扱いを受けた。黒人奴隷ですらも買えたという、最底辺の扱いだったそうだ。
彼女を苦界に貶めた女衒もその責があるだろうが、実は大名が率先してポルトガル商人に売り捌いていた。
戦国の世の敗者では、武士は落ち武者として狩られ、婦女子は人盗りに遭って奴隷として売買されるという運命しか残ってはいない。滅ぼした敵の領民を引き渡せば、貴重な火薬に交換して貰えるのだ。
時の権力者である太閤秀吉が、その暴虐をイエズス会日本支部副管区長コエリョに詰問した。しかし彼は「日本人が売るのでポルトガル人が買うのだ」という、苦しい言い訳に終始した。
その結果として発布されたのが、伴天連追放令(1587)である。
なんと20日以内に宣教師の国外退去を命ずる当たり、秀吉の怒りの激烈さがよくわかる。
ただしそれは宣教師に限られている。ポルトガル商人は野放しであった。
火薬の輸入ルートを失うことは、天下統一事業をも頓挫させると秀吉が理解していたからだ。その点で、彼はリアリズムの巨魁だ。
「そのロザリオはな、つまり女衒の片棒を担いだという証明でもあるのさ」
かみ砕けない思いで、友人の沈痛な顔を見やった。
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