Episode2

最初から会社を立ち上げて、

一人でやっていこうとは考えてなかった。


中学生の頃には

゛なんかプログラマーってかっこいいな゛

ぐらいの小学生以下のキャリア観しか持っていなかった。


高校生ではそんなお粗末なキャリア観で

地元の工業高校に進学した。

もちろん動機がないに等しかったので

勉強なんざ全くしなかった。

授業中も教員に隠れてマ〇オカートや

モンスターハ〇ターをしていたものだ。


大学にはなんとなく地元の工業大学に

指定校推薦で進学した。

大学でも動画サイトやまとめサイト、

SNSなんかに興じて自己研鑽や努力とは

無縁の生活を送っていた。

親から学費も出してもらったにもかかわらず。

今思えば゛高いモラトリアム゛だった。

俺が親なら俺のような人間に学費なんぞ

びた一文出したくない。


就職すら適当だった。

入社試験なんかない地元の中小メーカーに

流れで入社した。


正直に言おう。

俺は、社会人になるまで真面目に

生きてなかった。

公序良俗に違反しないという意味での

真面目ではない。

自分の人生に当事者意識がまったくなかった。

今では俺という人間が本当に生きていたのかすらわからないように感じる。

眠ったように、死んだように生きていた。



転機は社会人になってからのことだ。


俺が入社したとあるメーカーは

所謂BtoB、一般消費者ではなく

企業相手に設備を売るのが仕事だった。

大学の企業説明会で総務の爺さんが

「うちはお客さんが大手さん

 ばかりだからねぇ。

 ニッチな業界だけど安定してるよ。」

とか言ってたな。

今思えば法定開示義務も適時開示義務もない

中小企業で総務の爺さんの゛安定してるよ゛の

一言を鵜呑みにするなんて

あまりにおめでたい頭をしてたもんだ。


ちなみにこの爺さんに会社見学希望のメール出したら2週間以上放置された。

ちょうどそのタイミングでこの爺さんが退職したらしいが、流石中小企業だと思った。

これが大企業ならまずこんなことないだろう。


入社してからしばらくは会社内のOJTを

含めた研修で3ヶ月を過ごし、本格的に

業務をすることになった。

とある機械の設計業務だったが、

基本的には過去に設計したものを

機械的、電気的に問題なく作れるかを

確認してトレースするだけの仕事だった。

設計というよりただのCADオペレーター

なんじゃないかと当時は想っていた。


最初の頃はさほど忙しくなく、

定時に帰っては家で動画サイト、SNS、

まとめサイトを巡回するのを繰り返していた。

クソみたいな大学生活と対して変わらない。

スマホの画面を眺めながら退屈な講義を

受けるか、パソコンポチポチしながら

図面を描くかの違いだけだった。


社会人になればなにか変わるのかと思ったが、

大して変わらなかった。


当時の俺は知らなかった。

恣意的に変えようと行動しなければ、

人生は大して変わらないことを。

易き易きに流されて、努力らしい努力から

逃げ続けてきた人間の人生が好転すること

などないことを。



Aという男が営業部門の

トップになってからだ。

なにかが変わり始めたのは。


元々やることなすことが強引な男だったが、

設計でも疎まれていたAが営業に抜擢

されてからだ。

なかば強引、よく言えば積極的な

営業でガンガン仕事をとってくるようになった。


トラブルや事故案件も増えたが、

売上は鰻登りに上昇した。

売上台帳から一度計算してみたが、

ピークのときはAが営業に行く前の年の

3倍以上上がっていた。

一人の人間でここまで会社を変えることができるとは衝撃だった。

俺の所属していた設計課も売上が上がるのに比例して忙しくなってきた。


半日以上会社にいるのは当たり前、

休日出勤もざらになった。

技術的にトラブルりそうな危険な案件すら

強引にとってくるので、その後始末に奔走していたのも大きかった。

しんどいかしんどくないかで言われたら

しんどかったが、周りも同じぐらい

働いていたし特に疑問はなかった。


俺がこの会社に疑問を持ち始めたのは決算賞与がきっかけだった。

Aの主導の元、売上が爆増したその年決算賞与があった。

その額40万円。

社員もパートも全員等しく支給。


…はぁ?

売上を主導したAに金一封もなしに?

人事考課もなしに?

休日を削って働いてる俺や製造部の連中と、

時間通りに大した苦悩もなく働いてるパートの連中も等しく支給?

狂っている。


俺は建前だけでも資本主義社会に生きていると思っていたが、どうやらここは本気で共産主義的な会社だったようだ。

うちの上層部は平等と公平の違いもわからないらしい。

こんなことが労働者の意欲を低減させると本気でわからなかったんだろうか。

そもそもパート連中はほとんど扶養内で働いている主婦がほとんどだろう。

扶養内調整のためにその分会社の生産量が減るだけじゃないか。



その瞬間この会社で働くことがひどく馬鹿らしく思えてきた。

だがもとはと言えばなにも考えずにこんな会社に就職した俺が悪かったんじゃないか?

努力せずに入れる会社に入り、

人からいわれるがままに仕事をこなし、

それで納得してきた。


この会社と、これまで自分の人生に対して真剣に向き合ってこなかった自分に、吐き気を催すほどの嫌悪感を感じた。

今まで生きてきのは本当に俺の人生だったんだろうか。

モノクロだけの世界に、色が生まれた。

生まれてはじめて、自分で人生のコントローラーを握った気がした。

俺の世界に色をもたらしたのは、

怒りと羞恥心だった。




俺はすぐに会社を辞めるべく動き出した。

自分自身では言われたことしかやってこなかったただの風見鶏だと自覚してたから、

上司から熱心に止められたのは意外だった。

まぁ会社からしてみれば

製造業では最初の3年間は教育、投資期間だ。

これから今までの投資分を働きで返してもらおうというタイミングで辞められたら損だというのは理解していた。

だがこちらの本気度が伝わったんだろう。

結局はちゃんと辞めることができた。

最悪、退職代行という手段もあっが

3年間世話になった義理はあるので

辞め方ぐらいは筋を通したかった。

優しい人ばかりだったし、この会社の人間は別に嫌いではなかったけどな。

お人好しばかりでは会社はやっていけないんだろうよ。

ちなみにAも俺のあとで割とすぐ辞めたらしい。

色々トラブルはあったし、会社の人間から疎まれながらも結果を出した人だった。


俺以上に報われなかったのだ、

辞職は当然の帰結というものだ。



会社を辞めたが、正直に言って今後の

あてなどなかった。

とにかくサラリーマンにはなりたくなかった。

しんどくてもいい、

リスクがあってもいい、

自分の道は自分で決めたかった。





仕事を辞めてからは特にあてはなかった。

まずは金の勉強を始めた。

自分で稼いでいこうとして

何もかも放り出したのだ。

食っていくにはまずここを知る必要があると考えた。

まず今まで自分がかなりの社会保険料、

厚生年金、雇用保険、所得税、住民税を

とられていることに気付いた。

まぁ年収でいうとエリートから見れば

かわいいものなので税金は大したことないが、

保険料って高いんだな、と。

病院なんて3ヶ月に1度の歯科定期検診ぐらい

しかかかってないのに、どれだけ保険料

取られていたんだ?

そりゃ景気も悪くなるはずだ。

働いてたときは手取り額しか見てなかったので

こんなことにすら全く気づかなかった。

今までこれだけ取られていたことに無自覚

だった自分に腹がたった。

そして同時にサラリーマンをやらないなら

これだけ自分で稼いで納めて行かないと

思うと少しゾッとした。


そして皮肉にも勉強して気づかされた。

特にスキルも才能もない人間が食っていくにはサラリーマンは実に楽な仕事だと思った。

会社の看板で信用を得て、

会社のリソースで生産し、

分前を給料という形で貰う。

税金なんかほっといても納めてくれる。

唯々諾々と従っていれば食うには困らない。

食うには困らないという話で、贅沢はできないし色々なことを諦めるも

セットになるけど。


次に稼ぎ方を考えた。

元手のかからない商売から色々始めてみた。

最初はブログやSNSマーケティング?

とやらをやろうと思ったが、

いかんせんなんの強みのないただの

ニートだったため発信の内容が全く

思いつかずにほどなく辞めてしまった。

次にせどりをやろうとしたがこれも失敗。

根本的に゛商売゛というものが肌感覚で

理解できてないんだろうと感じた。


自分で商売を作る才覚はないが、

サラリーマンになりたくない。

そんなひねくれ者の人間は

個人間のM&A、事業継承型M&Aとも

呼ばれるものにたどりついた。

なんらかの理由があって事業を手放したい、

手放さざるを得ない人から事業を

ノウハウごと買い取るものだ。

色々調べ上げた結果、都内のとある焼肉屋を

買い取ることにした。

飲食店の中では比較的儲かるジャンルだったし、

実際ここの経営状況も悪くなかった。

ここから新規開拓に励んでいけば

十分儲かると判断した。

会社を買うと決めてからは早かった。

購入費、諸々の初期投資で今までの貯蓄の約9割がなくなった。


今まで感じたことない不安に襲われたが、

同時に今まで感じたことのない高揚感で

俺の心は満たされていた。

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