海の外から来たる者

@zyou

Episode1

「オツカレサマデス。」


「うっす。」


今年も始まりの季節がやってきた。

桜ももう一月もすれば満開になるであろう時期だ。

太陽がやや西に沈み始めた頃、

従業員たちが店に入ってきた。


都内にあるとある焼肉店。


そこのオーナー店長が俺の仕事だ。

肉の仕込みをしている店員から、

たどたどしい日本語の挨拶が帰ってくるのを

聞きながら自分の仕事を始める。


売上や在庫のチェックなどを済まし、

SNSの更新も欠かせない。

今どきこういう店をやるならSNSマーケティングはやらざるを得ない。

SNSを見てくるような客に合わせて

食材の盛り合わせもそれなりに゛映える゛点を意識しているし、店の内装もそれなりに拘った。


元々他人から店の経営ノウハウごと買い取ったみせだったが、元々持ってた常連に加えて最近は新規の客も、リピーターもだいぶ確保できるようになった。

自画自賛だがそれなりに繁盛しているのはきちんと客層を定めて、それに合わせた販売戦略を取れているからだろう。


突然だが経営者にとって最も頭を悩ませることはなんだろうか。

売上?税金?原価の高騰?

それらも正解だろう。

だが俺が直面した問題の中で一番頭を悩ませたのはとかくに人が捕まらないこと、

労働者の確保だった。


帝国データバンクが出している2022年8月の人手不足についての調査によると、非正社員の人手不足が不足していると答えた飲食店の割合は76.4%という。


飲食業界は労働時間が長く、給料が特別いいわけでもない、客からのクレームだって少なくない。

もともと人手不足気味だったところに追い打ちの

コロナウイルスの蔓延が襲った。

大手コーヒーチェーンのように相対的に給料がよく、客層が良くクレームが少ない仕事が都内にはいくつもある。

俺のような零細飲食店など、あらゆる観点から見て人材獲得競争に勝てる道理がないと言っても過言ではない。


だが俺の店は必要な人員を確保し、店を回していけてる。

その理由は…


「テンチョウ、ソウジとシコミオワリマシタ。」


「あぁ、サンキュー。チェックするわ。」


仕込みが終わったことを報告してくる店員。

彼女の名前はミン・リー。

素早くかつ美しく肉を捌いてくれる裏方のエース。

身長は150代後半、腕も含めて身体は細い。

あの身体でよくもまぁ大量の肉を捌き、盛り付けていくものだと感心する。

ベトナムにいた頃は自宅で飼っていた家畜の屠殺からやっていたというから驚きだ。


流石にホールで接客するのは日本人アルバイトを雇っているが、食材の仕込み、調理、掃除なんかの雑用については全員彼女を含めたベトナム人を使ってる。

国籍は全員ベトナム人だ。

ちなみに全員、不法就労である。


大体は実習先から逃げ出してきた失踪実習生だ。

リスクを負って彼女たちを採用している理由は

シンプルにこちらの望んでるような基準の人が、集まらないからだ。

都内の飲食店で日本人スタッフだけで必用な人数集めるのは相応の金を出さないと難しい。

だが相応の金を出して人を集めると今度は儲からなくなる。

ボランティアではなくビジネスである以上は儲けないことには話にならない。

まぁ真っ当に賃金も払えないブラック企業なんざ潰れちまえと言われたらぐぅの音も出ないが。


俺のような不法就労の外国人を使おうとしてる人間は他にもいる。


以前、とある縫製業の会社で不法就労の外国人を雇用し逮捕されてる経営者がいた。

ここで雇用されていた元技能実習生は月に20〜40万円貰っていたという。

一人に月40万出せるほどの会社がなぜこんなことを?と思うかもしれない。

だが雇用者側と労働者側の事情を考慮すればこの問題はすぐに理解できる。

このケースでは雇用者側は田舎にある会社で、長時間働いてくれる人材がほしい。

日本の若者は長時間労働をいやがるし、

その上東京と比べて人も娯楽も少ない田舎に

住みたがらない。

単純作業だけで約手取り30万円貰えるほどの

長時間労働を、自動改札機すら導入されてない

駅があるような田舎でやりたがる

若者はそうはいないだろう。

社会保険料も所得税も住民税も払わなくていいならより労働者への還元をより大きくできるので、

まともに日本人を集めるよりも人を集めやすい。

求人サイトに2週間掲示させる金をブローカーに払えば2〜3人の外国人労働者を確実に確保できる。



労働者側は高い金のブローカーに払って来日した以上は少しでも多く働いて稼ぎたい。ライフワークバランスなんてどうでもいいから、とにかく働かせてほしい。

この両者がマッチングした結果が外国人の不法就労問題だろう。


うちで働く従業員についても概ね事情は同じだ。

労働場所は都内だが、それはそれで他の都内の企業との人材獲得競争がある。

不法就労の彼女たちもほかの就労先をSNSで検索、比較した上でここで働いている。

余所と比較される以上、奴隷のような低賃金で働かせることはできないがそれでも全員を日本人スタッフで構成するよりははるかに安上がりだ。

社会保険料も所得税も住民税も不要。

深夜の割増賃金もなし。

そしてなによりよく働く。

リスクはあるが、見返りも大きい。


「うーん、まぁいい感じじゃない?

 開店まで休んでて。」


「ハイ。」


「あぁ、また後でね。」


スタッフルームに入っていく彼女たちを見送り、

俺も自分の仕事に戻る。

開店まであと一時間。

俺も事務仕事を終わらせて小休憩に入るとするか。






「「お疲れさまでーす!」」


「おつかれさん。」


威勢のいい声を上げながら若い男が二人入ってきた。

小鳥遊と木村。

二人ともうちの日本人スタッフだ。

高校も同じで、大学も同じらしい。

こういうのを腐れ縁とでも言うのだろうか。

友達同士でバイトの面接に来てくれたので

二人ともまとめて採用した。

あのときは日本語が話せれば誰でもいいやと

思ってたので特に深く考えずに採用したが、

まぁそこそこ期待に応えてくれてる。




「いらっしゃいませ!」


開店から数十分もすると徐々に客が入り始める。

金曜日ということもあり、6時半頃には

席は満席になっていた。

客で埋まった店内を俯瞰すると安心する。

客として行く店がガヤガヤうるさいと

多少不快になるものだが、自分の店が

ガヤガヤしてると゛活気に満ちてるなぁ゛

なんて感じてしまう。

我ながら現金なやつだと思う。


ホールの日本人も、

厨房の外国人も忙しそうに働いている。

今月の売上は先月を超えるだろう。

概ね順風満帆だ。


まだ店を任せられるだけの人間を見つけられてないから自分で毎日休みなく働いているが、

早いうちにそれだけの人間を見つけて

店長候補の人材を育てたいものだ。


休みなく働いていることが苦痛ということは

ないが、リスクヘッジの意味合いもある。

長期的に考えて現状のままやっていくのは

得策ではないだろう。


苦難がなかったわけではない。

リスクがないわけでもない。

それでも、サラリーマンに戻るのはごめんだね。




ぼちぼち入れ代わりの客も出てきた頃、

ミンが焦った様子で話しかけてきた。


「スミマセン、テンチョウ。」


「ん?どうした?」


「ワスレモノナンデスケド、

 トドケテキテモイイデスカ?


そう言って従業員が紙袋を差し出してきた。

お土産だろうか、なんらかの食品に見える。

これが財布か貴金属類なら警察に届けりゃ

しまいだけど、食品は賞味期限もあるし

できたらうちで保管したくない。


「店をでてすぐか?

 とりあえず外見てきてくれ。

 そこらにいなかったらすぐ戻ってきて。」


「ハイ、ワカリマシタ。」


あまり彼女たちを店からだしたくないが

仕方がない。


…10分ほどすると店員が戻ってきた。

手ぶらなところを見ると、無事に渡してきたようだ。


「無事に渡せたか?」


「ハイ。」


「ご苦労さん。仕事に戻っていいよ。」


「ワカリマシタ。」


そう言って仕事に戻させる。


客入りもピークを過ぎ、

ぼちぼち空いている席も出始めてきた。

さぁ、ラストスパートやっていくか。



すでに日付が変わってしまった頃、

ようやく店を閉め、ぼちぼち従業員たちも

帰宅していく。

外国人従業員は全員女性なので、

流石に同行して送って帰ってる。

外国人たちは俺が用意した寮に住んでいる。

寮と言っても4LDKの部屋でトイレや

キッチンは共用のシェアハウスのようなもんだ。

技能実習生の頃も似たような部屋だったらしく、

特に不満もなく暮らしてくれている。

寮までは15分ほど歩く。

手持ち部沙汰になり、ミンに話しかけてみた。


「ミン。」


「? ハイ、ナンデスカ?」


「仕事は大変か?」


「エェ。デモオカネハチャント

 モラエルシ、リョウリハスキナノデ

 ダイジョウブデス。

 トモダチモイッショニ

 ハタラケテウレシイデス。」


「これからも頑張ってくれよ。

 お前がいなくちゃ裏方は

 回らないからな、期待してる。

 なにか困ったことがあったら言えよ。」


「ハイ、アリガトウゴザイマス。」


「…そういや、おまえはあとどれぐらい金を

 稼ぎたいんだ?

 もうずいぶん母国に送金できたんじゃないか?」


「イエ、デキルダケニホンデカセギタイデス。

 スコシデモカゾクニオカネヲ

 オクリタイデス。」


…これだけひたむきな人間がこの国に

どれだけいることだろうか。

自分のことだけを考えて怠惰に、

そして自分勝手に生きてきた己と

比較して少しだけ自己嫌悪に陥る。

貧すれば鈍するという諺があるが、

この国で甘やかされて育てられてきた俺なんぞよりもミンの方がよほど人ができてるだろう。

魂の高潔さと生まれは関係ないんだと、

彼女の話を聞いてつくづく感じる。



その後もなんやかんや雑談をしていたら、

気づいたら寮の前に着いていた。


寮まで送るのは彼女たちを守るためでもあるが、

律するためでもある。

以前うちで働いていた従業員の一人が

どこからか知らないが薬(しゃぶ)を

持ち込んでたときがあったから。

こんな夜更けに自由解散させて変なところに

行かれてもたまらない。

まぁ送り届けたあとでどこかに行く可能性も

ゼロではないが。

出口につながるリビングには24時間監視

しているカメラを置いてある。

大まかな出入りは管理できるため

それで良しとしている。

部屋に監視カメラなんて日本人なら

受け入れられないだろうが、

流石社会主義国から来た労働者たちだ。

監視されることには慣れっこということか。

特にこのカメラが問題になったことはない。



リスクのある人間を使っているのであれば

相応の管理もしなければならない。

それが自分の身を守ることに繋がるのだから。

何事も自己責任だ。



庇護し、育て、責任をとってくれる上司はいない。

ともに励ましあい仕事に打ち込む同僚もいない。

ミスしようがなにしようが毎月定額の給金をくれる会社もない。

俺にはなんの組織、人の後ろ盾はない。


サラリーマンを辞めたときにそんなことはとっくに覚悟している。

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