Episode3

いつも通り昼過ぎ頃、

店に向かう前にコーヒーを調達しに

コンビニへと向かう。

一人で商売始めてすぐは銀行口座の数字が

減っていくのが怖くてコンビニでコーヒーなんて

考えられなかったもんだが、

随分余裕もできてきた。


…もう時期桜が楽しめるであろう季節だ。

マスクを顎にずらし、深呼吸をして

胸いっぱいに春先の空気を吸い込んだ。


頬を撫でる風はまだまだ冷気を帯びているが、

冬の風にはない心地よさを感じる。




「いらっしゃいませ!」

店員の挨拶を聞き流しながら

店内を直進し温かい缶コーヒーを手に取る。

そのままレジに起き精算をすませる。


「お支払いは?」


「Seicaで。」


店員がレジのタッチパネルを操作するのを

見ながら、隣のレジを横目で眺める。



「イラッシャイマセ。」


「フクロハドウシマショウカ?」


辿々しい日本語で接客を進めてるのは

外国人、外見と名前から

してインドネシアとかそのあたりの人だろうか?

…まぁ流石に人目でそんなもの看破できないが。


斜め後ろにスタンドのように立っているおばちゃん店員が丁寧に仕事を教えている。



俺が高校生の頃から外国人が働いている

店なんてそう珍しくはなかっただろう。

だが自分で直接関わってみるまでは確かにそこにいたのに、いなかったように認識していた気がする。


精算を済ませたコーヒーを手に持ち店を出る。

自分の店に向かって歩きながら、

取り留めのないことを考える。


…これまで多くの失踪した元技能実習生を

見てきた。

パワハラが原因で失踪したやつ、

事前に聞いた給料よりも実際の給料が

馬鹿みたいに安くて失踪したやつ、

残業代がでなくて失踪したやつ。



だからだろうか。

この国と外国人たちのことについて考えることがある。

日本は建前上、移民政策はとっていないということになっている。

だが既に日本の全労働人口の約3%が外国人労働者であるという。

これからますます外国人に頼らざるをえない

だろうに、技能実習制度のような欺瞞に満ちた制度を残しておいてこの国は大丈夫なのだろうかと思う。



外国人に定住してほしくない保守的な国民、

転職せず長時間働いてくれる外国人労働者がほしい企業、その板挟みになってる政府。

技術移転による国際貢献であるという技能実習制度、技術などどうでもよくとにかく金が欲しくて出稼ぎにくる外国人労働者たち。


なにもかもが欺瞞だ。

この制度に真実など一欠片もありはしない。


まぁそんな欺瞞によって俺は利益を得ているだから、俺にとやかく言う権利はない気がするが。


よその企業様がお金をかけて教育し、

書類を揃えてお金を払って来日させた

外国人労働者を俺は使っている。


真面目なやつほど馬鹿を見るとはこのことだ。


技能実習生は企業に買い叩かれ、虐待され、

失踪し、不法滞在する。

国民は家畜、農作物、自動自転車のバッテリー、薬など金目の物を元技能実習生に盗まれる。


この制度の恩恵に与るのは一部の企業と、

不法就労先を斡旋するブローカーだけだろう。


元技能実習生が虐待されて炎上したことも一度や二度じゃない。

今後状況次第では禍根を残す国際問題になる可能性とてゼロではない。


…少し考えすぎたな。

今日は新しいバイトくんの面接日だ。

俺が遅れるわけには行かない。

急ぐとしよう。



店について20分ほど経った頃だろうか。

彼女たちがリズミカルに野菜を切る音を

聞きながら待っていると、ガチャリと

音を立てて扉があいた。


「すみません、面接に来た松本ですけど。」


「あぁ、待ってたよ。

 じゃあこっちに来てもらえる?」


「はい、失礼します。」


彼を連れてスタッフルームに入る。


「座って座って。」


「はい、失礼します。」


すでに目を通してあるが、もう一度履歴書に目を通す。


松本孝則さんね。


「あぁ、肩の力抜いてね。

 そんな堅苦しい面接しないから。

 俺もそういうの苦手だし。」


「はい、承知しました。」


返事を聞きながら彼の履歴書に目を通す。

東方工業大学に今年入学予定か。

高校のときはアルバイト経験はなしと…


……


「東方工業大学1年か。

 日本トップクラスの工業大学じゃん。

 凄いね。」


「あっ、いえいえ。」


「堅苦しく聞く気はないけど、

 一応志望動機は聞いておこうかな。

 なんでうちを選んだの?

 ぶっちゃけ時給も周囲と変わらんか、

 ちょっと安いぐらいでしょ?」


「実は以前からときどきこのお店に

 通ってて、それでこのお店の雰囲気とか

 好きだったので、それで働きたいなって。」


「そうなんだ、嬉しいね。

 仕事内容はホール全般だから、

 配膳とか掃除、色々あるけど

 中心は接客だけど大丈夫?」


「はい!頑張ります!」


「後は…そうだな、シフトとかどう?

 うちはお酒ありで夜メインだから、

 夜は遅くなるけど。

 もちろん、22時以降は深夜手当つけるよ。」


「シフトは週4ぐらいは出れます。

 家もそんなに遠くないので、

 夜が遅い分には大丈夫です。」


…印象的にはあまりホールとか向かなそうな

俺と同じ陰キャ君に見える。

だがまぁ頑張るって言ってるし、

シフトも中々出れるようだ。

採用だな、これは。


「うん、わかった。

 ちなみになんか聞いておきたいことある?

 あるなら答えるけど。」


「…あの、ここって女の人って

 働いてるんですか?」


意外だな、あまりそういう興味を

表に出さないタイプに見えたが。


「…裏方は一応全員女性だけど、恋愛とか

 青春を期待するなら

 よそに行ったほうがいいよ。

 ス○ーバックスとかお洒落な

 コーヒーチェーンとか。」


「え?なんでですか?」


「まぁ、色々あってね。

 どうする?ここで働く気があるなら

 採用するけど。」


「あ、お願いします。」


「じゃあ、LIME教えるね。

 バイトの連絡は基本的にLIME使うから。」


「はい。」






「いらっしゃいませ!」


松本が入って2ヶ月が経過した。

…正直、思ったよりやってくれる。

掘り出し物だったな。

ほかのスタッフが足りないシフトの穴も

積極的に埋めてくれるし、

客の反応も悪くない。

基礎学力もあるからか、頭の回転が早い。

工学系の学科だからだろうか、

手先も器用なようだ。



「小鳥遊」


「なんですか、店長?」


「今度みんなで久々に飲み会やらないか?

 金は俺が全部出すから、

 日程調整してほしい。」


「まじっすか?

 太っ腹ですねぇ。

 いいですよ、任せてください!

 店は俺が決めていいんですか?」


「任せるけど、

 あんまり高給なのはやめてくれよ?

 一人あたりの予算は5000円で。」


「了解です!

 任せてください!」


「よろしく。」



よく考えたらサラリーマンだった頃は

会社の飲み会でときどき酒を呑んでたが、

独立してからはあまり酒を飲んでない気がする。


まぁたまにはいいだろう。

ささやかな楽しみだ。

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