Episode4
呑み会の店は、俺の店から歩いて10分ほどのところにあるベトナム料理店だった。
小鳥遊になぜこの店にしたのか聞くと
「彼女たちが何食べれるかわからないんで
彼女たちに合わせた方がいいかなぁと
思いまして。
何が食べたいか聞いても゛なんでもいい゛
って言われちゃったんで。」
と言ってた。
まぁ海鮮系を選んで彼女たちが何も
食べれないと気の毒だしな。
ベトナムには生魚を食べる習慣はないらしいし。
「「「「乾杯!!!」」」」
適当に注文した料理がいくつか届き始め、
飲み物が全員に行き渡ったタイミングで
乾杯した。
男は全員ビール、女性は一部ノンアル。
別に酒を強要するつもりはないが、
どうしても飲み物となると最初はビールになるな。
あまり注文バラけさせるのもめんどくさい。
女性陣が率先して料理をとりわけ、
宴会が進んでいく。
言語の壁もあるので女性は女性で固まり
ガチだが、少しずつは打ち解けてるようだ。
「店長!ゴチになります!」
小鳥遊がすでに半分以上飲んだグラスを
片手にこちらにやってくる。
「おう、今日はありがとな。」
「いやぁ気にしないでください。
それにしてもコロナが多少は収まってきて
良かったですねぇ。
流行当初はもう一生呑み会することなんて
ないんじゃないかと思ってましたよ。」
「今までも感染症の流行なんて
それなりにあったんだ。
いつかは終わるもんだろうよ。」
「まぁ、ある程度収まってみればそんなもんかと
思いますけどね。
当時は世界の終わりみたいに騒いでた
じゃないですか。」
「そうだな。
あのときは曜日、時間、時期関係なく
新幹線とかもガラガラだったなぁ。
自分の足音が響き渡るぐらい
都心の駅すら静かだったもんだ。
そういえばピークのときはおまえ高校生か?」
「そうでしたよ。
修学旅行も卒業式もなくなりましたし。
高校生活の後半からはあんまり
思い出がないですね。」
「…そいつは気の毒だったな。」
自分の怠惰で学校行事に大して参加も
しなかったし思い出もない俺だが、
機会そのものを奪われた世代を見ると
流石に同情する気持ちも湧いてくる。
しないという結果が同じだろうと
自分でしないという道を選ぶか、
道を選ぶ機会そのものを奪われるかは全く別物だろう。
「そうでしょう!?
俺が恋人いない歴=年齢なのも
コロナのせいだと思うんですよね!
コロナさえなければ
両手の指で数えきれないぐらい
恋人ができてたと思うんですよねぇ。
店長もそう思いません?」
「ハハハ、それはないだろ。
他人がどうであれ、やるやつは
やることやってるもんだ。」
「ウッ。店長結構辛辣ですね。
そうそう。恋と言えばミンと松本って
結構いい感じですよね?
そう思いません。」
コイツはなぜ自分は恋人いないのに
他人の下世話な噂話が好きなんだろうか。
確かにミンと松本は外国人チームと
日本人チームの中では唯一打ち解けるなと感じる。
最近はときどきだが二人が休みを合わせてとってくることもままあるので、まぁそういうことなのかなとは感じていた。
「他人の噂話してる場合か?
おまえも恋人の一人でも作って
俺に自慢してみせろよ。」
「あっ、言いましたね店長。
てか店長も恋人いないじゃないですか!
人のこと言えませんよね。」
「俺は仕事が恋人なの。」
「それモテない人の
典型的な言い訳ですよ!
店長も俺と同類ですね。」
小鳥遊と馬鹿馬鹿しい話をしながら
心のなかで゛若いっていいなぁ゛なんて
おっさん臭いことを考える。
ギリギリ20代だが、それなりに社会で揉まれてきた人間と前途ある学生では価値観も全然違う。
良く言えば成熟、悪く言えば擦れてきたと思う。
「ま、おまえも頑張れよ。
そろそろ他のやつのとこ行くわ。」
「了解っす。」
そろそろ別の奴と話そうか。
噂をすればなんとやらか、
松本とミンが二人で親密そうに話している。
そんな二人の間に突撃するほど俺は野暮な
人間ではない。
他の女性たちに話しかける。
「よう。」
「ハイ、オツカレサマデス。」
「ちゃんとメシ食ってるか?
あんまり料理が減ってない気がするが。」
「イエ、タベテマス。
テンチョウモタベテクダサイ。」
飯食ってるかと聞きに来たのに、
逆にモリモリ飯をつがれていく。
出てくる飯はまぁ美味しいんだが、
いかんせん油っぽくて量は食べられない。
特に春巻きとバインセオ?とかいう
黄色いお好み焼きみたいなのが油が凄い。
彼女たちはこんなのを故郷で日常的に
食べているのだろうか?
それでよくこんな細身な体型を維持できるもんだ。
俺なら高血圧まっしぐらな自信がある。
ダラダラ話しながら彼女たちに盛大に
盛られた食事を平らげた。
そうこうしてるうちに気づけばいい時間に
なっていた。
そろそろお開きにするか。
その後料理と飲み物をあらかた片付け、
店の前で解散した。
彼女たちを寮まで送っていった後、
近くのコンビニに立ち寄った。
店を出る前に水は飲んだが、
どうも口が油っこい。黒烏龍茶でも買うか。
目的の黒烏龍茶を買い、コンビニの外で封を切る。
近くにあるキュービクルの柵に背をもたれかけてペットボトルに口をつけた。
ポケットからスマートフォンを取り出し、
ネットサーフィンをする。
この時期なら外に長居するのも苦ではない。
しばらく時間を潰し、首が凝ったので
ふと上を向くとコンビニに松本とミンが
入っていくのが見えた。
キュービクルがあるのはコンビニ正面からややへこんだ暗がりにあったので俺には気づかなかったのだろう。
いやぁ青春だねぇ。
俺は二人が夜の街に消えていくのを確認して
から帰宅した。
「すみません、店長。話があります。」
「…なんだ?」
店を閉め、掃除や後片付けを始めたころ
珍しく神妙な顔で松本が話しかけてきた。
「スタッフルームに来てもらって
いいですか?
二人で話したいです。」
「…わかった。」
こんな真剣な表情で松本から
話しかけられたのは初めてだ。
スタッフルームに通して席に座らせる。
「単刀直入に言います。
彼女たちから搾取するのをやめてください。
きちんと最低賃金と深夜手当込みで
必要なお金を上げてください。」
「タダ働きなんてさせるわけないだろ?
彼女たちには約束通りの給料を
きちんと支払ってるよ。」
「それは彼女たちとの約束通りの金額でしょ?
ちゃんと法定通りの給与を与えてください。」
「…彼女たちの給料まで知ってるのか?
仲良くやってるようでなによりだが、
その要求は飲めないよ。
彼女たちの境遇は知ってるか?」
「えぇ…失踪した技能実習生だとか。」
「そうだ。
日本人スタッフには最低賃金+αの賃金を
支払ってるが彼女たちには
別のコストを払い、リスクを負っている。
総合的なバランス込みでの給料なんでね。」
「彼女たちの給料は俺のリスクも
込みの値段だ。あれ以上は出せない。」
「あれだけ毎日のように深夜働いて、
あれっぽちの給料はおかしいでしょう?
最低賃金を下回る時給で働かせることは
最低賃金法違反、犯罪行為ですよ。」
「そもそも不法滞在者を雇用してる時点で
不法就労助長罪を犯してるんでね。
法に触れてるのは自覚してるよ。」
「自覚があるなら即刻辞めるべきでは?」
「色々事情があるんだよ。
おまえも彼女たちの事情がわかるなら、
黙っておくことが彼女たちのためだぞ。
その言い方からすると彼女たちの誰かから
依頼されたわけではないんだろう?
安心しろ。
黙っていたところでおまえが責任を
問われることはない。
一切の責任は俺にある。」
「言いたいことがないなら、
終わりでいいか?」
「…」
「おまえには期待してるよ。
これからもしっかり働いてくれ。」
「あぁ、あと一つ忠告しておく。
彼女たちと交流を取ることは否定しない。
同僚だしな、仕事をする上でも
チームワークは重要だ。」
「もう遅いかもしれないが、
彼女たちの事情に深く立ち入ったり、
彼女たちと深い仲になるのはやめておけ。」
「なぜですか?」
「彼女たちは法的にはこの国にいては
ならない存在だ。
ほかにも色々な事情があって
おまえが否応なしにアウトローなことを
するはめになる可能性もある。」
「今のお前の立ち位置なら大丈夫だ。
俺としては残念だが、怖いなら仕事を
辞めてもらっても構わない。
仕事を選ぶ自由がおまえにはある。」
「…やっぱり納得できません。」
「仕事を続けるかどうかはゆっくり考えてくれ。
だがこのあと予定があるんでな。
店を閉めたら行くとこがある。
今日はこれで切り上げるぞ。
いいな?」
「…わかりました。」
「じゃ、ちゃちゃっと片付けを終わらせよう。」
無理矢理話を切り上げて退出した。
予定があると言ったのは嘘だ。
言葉で諭すのは難しそうだし、
なんとかなぁなぁにできないものか。
正義感が強いのも困りものだ。
世の中正しいコトばかりじゃないんだ、
清濁併せ飲む強さを持ってくれ。
それからことあるごとにこの話題を
松本から投げかけられた。
そのたびにうやむやにしてきたが、
だんだん奴との関係性も悪化してきた。
そろそろ限界か、と思っていたときに
事件は起きた。
「店長!なんでこんな炎上してんすか!?」
「炎上? なんのことだ?」
「これ見てくださいよ!」
そういって小鳥遊が自分のスマートフォンを
俺に見せてきた。
゛都内の焼肉店で外国人の不法就労か?゛
゛都内の外国人不法就労で話題の店を
まとめてみました!゛
゛外国人奴隷をこき使ってた店長の
ご尊顔きっしょw゛
あることないこといろんなことが
書かれてある。
SNS、まとめサイトいろんなところで
話題になってるようだ。
どうせ仕事中に来ても反応はできないと
思ってSNSの通知を切ってたのが仇に
なったな。全然知らなかった。
まさか俺がSNSのトレンド入りするとはなぁ…
なんて呆けてる場合じゃない。
なんでこんな話題になってるんだ?
彼女たちは表に出ないようにしてたし、
会社の営業目的でSNSは使っていたが、
個人的な呟きなんかは全くしていない。
ビジネスに徹していたアカウントから
炎上するとは考えられない。
「どうするんですか?」
「とりあえず店は開く。
店舗の営業に影響があるかは未知数だが、
仕入れてしまった食材は
できるだけ捌きたい。」
「は、はい、了解です。」
小鳥遊がテーブルを拭いたりしながら、
開店の準備を進める。
「ミン」
「ハイ、ナンデショウ?」
事情を知らないミンはいつも通りの
テンションで返事をした。
「まだ開店まで時間があるから、
肉をもう少し多めに捌いて準備
しておいてくれ。
それから開店の前に他のやつを連れて
寮に戻ってくれ。
今日は日本人スタッフだけで店を回す。」
「ナニカアッタンデスカ?」
「何もない。
ただの用心だ。
さっ、よろしく頼む。」
「ハイ、ワカリマシタ。」
……
開店はしたが、明らかに客の
入りが悪い。
だが逆に助かっている。
絶対的にスタッフが少ないので、
今は客に大勢来られても対応できない。
そしていつもなら食事に向けられている
スマートフォンのカメラが、店内の様子や
従業員に向けられている。
今すぐスマートフォンを奪って
撮影を止めてやりたいが、
それは過剰反応だろう。
いらぬ方向で炎上が加速しそうなのでやめておく。
「あのぉ、すみません、
今話題の店長さんですよね?
あの炎上内容って本当なんですかぁ?」
間延びした声の男が俺に向かって質問を
投げかけてきた。
スマートフォンをこちらに構えている。
おそらく撮影しているのだろう。
「炎上?なんのことですか?」
「とぼけないでくださいよぉ。
ここでビザの切れた外国人を
不法就労させてるって本当なんですかぁ?」
流石にとぼけるのは無駄か。
「すみません、今は店の営業中ですので
そういった話はお答えできません。
他のお客様へのご迷惑ですので、
ご遠慮ください。」
「いやいや、ほんとにちょっとで
いいんですよぉ。
これいま生配信なんですけど、
なんかコメントもらえませんかぁ?」
生配信だと?ふざけたことしやがって。
「お答えできることはありません。
取材であれば別途アポイントをとって
くだされば対応します。」
なかば吐き捨てるように言い、仕事に戻る。
こんなのが連日来るならたまったもんじゃないな。仕事にならない。
もう一人ぐらい変なやつがいてたが、
なんとか閉店まで仕事をやりきった。
他の従業員に後片付けをさせながら、
ネットを見て回った。
昼にチラッと見た通りにあることないこと
書かれてるし、昔俺がインタビュー受けたときの
記事から色々引用元されておもちゃにされてる。
宣伝になると思ってインタビュー受けていたが、
それが返って炎上に油を差す形になってる。
いやはや恐ろしいもんだ。
SNSもメッセージが大量に届いてるし、
警察に通報しましたやら、入管に通報しました
なんてのもいくつかある。
形式ばった調査ならどうとでもごまかす自信が
あったが、これでは難しそうだな。
「みんな、聞いてくれ。」
「悪いがしばらく店を休業させる。
期間はまだ決めていないが、
すぐには再開しないと思う。
詳細は追って連絡する。
各々生活もあるだろうし、別のバイトを
探してもらってもかまわない。
今日は片付けと戸締まりは念入りに頼む。」
「…」
話は聞いてるがよく分かってない感じだな。
こんなことは俺も初めてだ。
そりゃ彼らも動揺するだろう。
店じまいを済ませ、彼女たちの寮へと向かう。
日本人スタッフには話を通した。
残るは彼女たちだけだ。
インターホンを鳴らす。
「みんないるか?」
一応全員揃ってるようだ。
「少しばかり大変なことになった。
明日からしばらく店を休業させる。
突然ですまないが、おまえたちは
各々新しい仕事を探してほしい。」
「この寮は俺の名義で借りてるから、
警察が来る可能性もゼロではない。
早めによそに移ってくれ。」
日本語のニュアンスが正確に伝わってるか
不安なので、翻訳アプリを介しながら事情を伝えた。
大体こういう不法就労している外国人は友人の家などに身を寄せることが多い。
緊急避難先はすぐ見つかるだろう。
さて俺はどうするかな。
ここらでうろうろしてて警察に捕まっても
面白くない。
しばらく外国にでも行ってほとぼりが冷めるのを待つのが最善か。
どうせ大衆の興味もすぐ次の話題へと移ることだろう。
こちらに非がないのであれば、話題づくりに活用するのも手だが今回は無理だ。
…だがまぁなんとなくだが今回の炎上騒動の発端はわかってる。
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