ルーキーの才能、異常性を感じる


この人は、本当にルーキーなのだろうか。


素直に、そう感じてしまった。確実に先程の攻撃を私が止めていなかったらこの人は死んでいた。それは彼も理解しているらしく、「もう先程の失態は犯さない」といったような目で私を見つめている。それに、彼は驚くほどに冷静だ。

先程のを見て戦えないと思っていたのだが、彼はなぜまだ闘志を失っていないのだろうか。軍に染まっていない、それはつまり死地を経験していないということになる。……いや、少し訂正しよう。死地に自ら赴くということを経験していない。

そんな人間が一歩間違えれば、それどころか少し呼吸する余裕を見せれば殺されてしまうような戦場で、実際に殺されかけて、恐怖に染まらないなんてありえない。

だからこそ私は、この人が初心者だとは思えなかった。


「……はあ、そうですね。たしかに一人では勝てないでしょう」

溜息をついて、少し冷静になる。それから、しかし、と言葉を続ける。

「貴方は戦えるのですか?……先程のを見てしまったので、私にはとても戦闘を続行できると思えなかったのですが」

私の問いに、彼は苦笑を返す。

「確かに、さっきのは油断しました。ですが、まだ行けます。というより俺しか居ないので行くしかないでしょう」

今度は先程とは違って敬語を使っている。失礼だとか考えたのだろうか。

それにしても、彼は冷静さと強心臓だけでなく、根性も持ち合わせているようだ。

そのことに感心をしていたが、ふと彼の言葉に疑問を持ってしまった。

「俺しか居ない……ですって?聞いた話では陽王も居たはずですが」

私の言葉に、彼は器用に顔の上にはてなマークを浮かべながら首を傾ける。

「陽王……というのは、誰の事ですか?」

その言葉に、私は驚愕を隠せなかった。陽王、つまり霊継妖都は彼の父親だ。それなのに、息子である彼が父親の二つ名を知らないと、彼はそう言っている。

「もしかして、聞いていないのですか?陽王……霊継妖都から何も」

私の問いを聞いた彼は少し恥ずかしそうな顔をした。

「親父のこと……だったんですね。俺達は自ら自身のことを話すようなタイプではないので、聞いていないです」

それと、と彼は私が来た方向とは逆を指差した。

「父ならそこで倒れています」

その言葉に、私はまた驚く。陽王といえば、この日本で勝てる人間は居ないと言われるほどの強者だ。そんな彼が、日本最強が倒れていると、彼はそう言っているのか。


「貴方、いつから一人で戦っていたのですか?」


私の質問に、彼は立ち上がりながら答える。

「少し前からです。……多分、十分ほどかと」

ルーキーが、十分も悪魔と戦っているだと?そんなことが有り得るはずがない。

あの陽王が倒れるほどの敵と十分もだ。そんなことが出来ているのだとしたら、彼はいったいどれほど才能に恵まれているのだろうか。


十分という時間は短いだろうと、きっと一般の人は考える。

しかし考えてみてほしい。授業の合間の休み時間、その間にどれほどの攻防が繰り広げられるのかを。分かりやすい例えだと……ボクシングなんてどうだろうか。

うろ覚えだが、ボクシングは一ラウンド三分だったはずだ。その三分を三回、つまり三ラウンドまで休みなしで一気に進めるとする。……その一ラウンド目でダウンを取られることだってあるだろう。ボクシングはダウンを取られるだけで済むから、きっと誰もそれについて死の危険を感じない。

しかし、それを戦場で考えてみてほしい。ダウンという事は、戦場で倒れるということ。倒れるということは、殆ど死だと考えていい。

三分の間ですらダウンが発生する。しかもあれはグローブを着けて、ルールの中で行っているスポーツで、だ。しかし戦場にはルールなんて存在しないし、素手だけというわけでもない。その中で十分間、ダウンを取られることなく戦い続けたということを想像してほしい。

……そう、彼はとても現実離れしたことをやってのけているのだ。


初めて一か月の素人が、世界で活躍するヘビー級のプロとほぼ互角に戦っていると、そう纏めてみれば、彼の異常さが伝わるだろうか。


「……分かりました。では共に目標を鎮めるとしましょう」

彼の異常さを理解したところで、私は十二分に戦力になると考えて、彼に手を差し伸べる。その手を見た彼は苦笑しながら私の手を取る………


ことはなかった。


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