親父の言葉。夢との相違

すこし前、伝えられた言葉を思い出した。

『能力はその力を相手に教えることで強くなる』

あの時は「何言ってんのあの人」と思ったことだが、今は少しだけ理解が出来る。


俺の剣と、奴の紫の剣が衝突する。

悪魔は、魔法を交えながら接近戦を続けてくる。俺としては有難いのだが、なぜ不利な接近戦に持ち込むのだろうか。

鍔迫り合いを無理やり断ち切るように、力を込めて悪魔の剣を弾く。

多少体勢が崩れたので、能力を発動して何発か体に叩き込む。

すると、体内時計で残り三秒時間がある事に気がついた。


……三秒だと?


頭の中で疑問が駆け巡る。……が、とりあえずはこの時間を無駄にしないように、全体重を乗せた攻撃を悪魔の体に浴びせた。

世界に色が戻り、悪魔は後方に吹き飛ぶ。

なんとなく、夢を見てから力が湧き出るような感覚になる。


……それよりも、先程の疑問だ。

俺の最大加速は約十倍、つまり最高でも一秒しか効果時間はないということだ。

しかし先程の効果時間は一秒を超えていた。攻撃をした時間を合わせると、約五秒といったところだろうか。これは、約五十倍の加速という計算になる。

そして夢の中、あの時は百倍の加速をこなしていた。勿論、夢であるため現実では不可能な事が可能なのだが、果たして試したこともないことをあれほどリアルに出来ることなのだろうか。


親父が言っていたこと、本当にアレは事実だったのか。しかし俺は奴に言っていない。

……能力を把握させることが条件なのだろうか。そして、俺の能力はまだ全てではない?


悪魔はまた紫の球を生成する。

出来る限り避けるが、完全には無理なので無理やり叩き飛ばす。……硬すぎて斬ることは不可能だ。

全てを捌ききれず、最後の一発をくらってしまう。全身に痛みと衝撃が駆け巡る。衝撃を散らすために後方に吹っ飛びコロコロと転がっていると、悪魔が接近してくる。


つい舌打ちをしてしまった。

体勢を立て直し、悪魔の剣にギリギリで対応する。ギリギリだったこともあり剣が吹っ飛ばされてしまった。


ニヤリと、悪魔は笑う。

流石悪魔……といったところか。この状況で油断することも、余裕を見せることも無く、俺たちが嫌だと感じることをしてきやがる。


今だってそうだ。剣を吹っ飛ばされたことで圧倒的に不利になってしまった俺は、どうにかして剣を回収しようとするのだが……悪魔は剣から遠ざけるように攻撃を繰り出す。

ギリギリのところで剣を横から叩いて軌道を逸らし、避け続ける。……防戦一方という形になってしまったのはマズイな。


能力は、極力使いたくない。

上限が分からないし、上限を超えた時に起きることも分からないから。あまり使えない。

……こうなるんなら前もって上限を確認しとくべきだったな。

俺の予想なのだが、上限を超えた時は親父のようになるのではないだろうか。

詳しく見ていないので分からないが、何かしらが原因で行動不能になったように見えた。

親父が単純に力不足で負けるなんてことは有り得ないだろうから、きっと何かしらの要因があって攻撃をくらったのだろう。


それに、この能力は使えば使うほど俺が不利になる。

人間……いやコイツは悪魔だが、速いものに最初は追いつけなくても何回も見れば慣れてくるものだ。この能力だって、追いつけないものじゃない。……実際、先程能力を使用した時も奴は少しだけ反応していた。

つまり、この能力は不意打ちでの使用が基本なのだ。使い所は見極めないといけない。


少し距離をとって、長く息を吐く。

そういえば、夢の中では剣を使っていなかった。あの時は所持すらしていなかった。

……なら、俺の戦い方は拳が基本なのか?


夢は自分の深層心理を映すという。

俺が知らないだけで、俺は体術戦が得意なのだろうか。


だとしたら、夢を再現してみよう。

大丈夫だ。先程までの戦いで俺はついていけている。奴は夢の中で戦った人よりは弱い。

試すのだ、夢での動きを。やってみるのだ、あの体術を……


あの時考えていたことを考えろ。あの夢で意識したことを意識しろ。

あの日も、俺が考えてきたことはひとつだ。


緊張と、その解放。


全身から、力を抜け。……いや、それだけじゃない。体だけではない。力の動きも止めろ。

手首のあたりで、塞き止めろ。


足の指先にだけ力を入れて、前に出る。

能力は使用していないため、奴からは遅く見えているだろうが、それでいい。

まるでゆっくり押すように、拳を前に出す。

そして拳の軌道上に置かれた紫の剣に触れる瞬間………


全ての力を、解き放つ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る