幕間③。ヒロインの一ヶ月
私は、歩道を歩く。一歩一歩、重たい足で。
……とても、学校に行く気にはなれない。それもそうだ。こんなところ行く意味がない。
大体の人間は学校に行きたくないと言うが、私は彼らとは違う理由で行く気にならない。
……なんで、一般校に通ってるのぉ?
これが、本心だ。
あれから、あの入学式の日から約一ヶ月が経過した。しかし軍事学校からは何もない。連絡する手段は無いので、中学校を経由して連絡をとってもらっているのだが……
「やっ、弥生ちゃんっ」
ぐぬぬ、とこれからどうするか悩んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「あ、朽木君。おはよう」
振り向くと、そこには朽木君が立っていた。
制服をバレない範囲で気崩して、ザ陽キャといったような雰囲気を出している。
「聞いた?そろそろテストあるらしいよ」
彼は自然と隣に来て話し始める。入学してから約一ヶ月、彼が隣に居るのは日常になり始めている。
「本当に?……大丈夫かな」
「あはは、大丈夫でしょー弥生ちゃんなら」
ケラケラと笑う彼の顔を何故か眺める。
……いや、何故かという言葉は正しくない。正確には、気になっているから眺めてしまう。
あの入学式の日に感じたもの。あの背筋が凍ったような感覚は、普段感じることがない。
感じたのだって、あの一度きりだ。
そして、あの場で私を見ていたのは朽木君しかいなかった。つまり、彼が原因であるという可能性が一番高い。
……かといって、こんなありきたりな普通科進学校のいち生徒ができるわけがない。
まあ、きっと気が動転していたのだろう。そう考えるのが現実的だ。
「えっと……どうしたの?」
いつのまにか話が止まっていたらしい。朽木君は少し気まずそうに眼を逸らしていた。……あ、そういえば彼の顔を見つめていたのだった。
「あ、ごめん。すこし考え事をね」
「えー、なになにー?俺の事考えてたのー?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる彼。私は視線を逸らしながら否定する。
「こっちの話だから気にしないで」
彼は一言「えー」と言った後、話を戻した。どうやら彼の弟の話をしていたらしい。
「でねー、俺の弟さー。俺と違って頭が良いんだよ」
彼の話を聞くと、どうやら彼は相当弟の事を愛しているらしい。
とても良いお兄ちゃんだなと、直球に思った。
彼は話をするごとに「弟は天才」だと強調している。「俺と違って」ともよく言う。
きっと、彼は弟のことを相当大切に思っている。まあ、話を聞く限りそれを弟さんに伝えていないしらしいし、弟さんに伝わってもいないらしいが。
「アイツ、頭いいのに自分のこと無頓着な感じがあってさ。もう中学に入って一年も経っているのに高校のことも何も考えていないんだよね」
「俺はアイツの将来が不安だよ」と付け足す。
それを聞いて、私は笑みをこぼしてしまった。
「なにー。どうして笑ったのかなー?」
笑みはこぼれた程度だったので、ばれないかなと思ったのだが、見られていたらしい。ちゃんと問い詰められてしまった。
「いや、ちゃんとお兄ちゃんしているんだなと」
さっきまで謎の感覚の正体かと疑っていたのが馬鹿みたいだ。と、思ってしまっただ。朽木君は少し弟さんのことが大好きな一般的な高校生だと再認識する。
「なんだそれ」
彼から笑みがこぼれる。……とそこで、今通っている学校が見えてきた。
周りを見ると、同じような制服を着た他生徒たちが、徒歩や自転車で校門に入っている。私達も同じように校門を跨ぎ、入ってくる車を避けながらロータリーを通る。
……一か月でこの景色も見慣れてきた。と、思った。
家を出て、住宅街特有の細い道を通って、近くにある大きな鳥居の下を抜けてまっすぐ進む。川沿いにあって周りは田んぼと病院しかないこの学校の校門を抜けると、目の前には大きな木と坂になっているロータリーがあって、その奥に二つの棟からなる校舎がある。
我ながら、こんな平和な学校に来ることになるとは思っていなかった。
たまにはこういう生活も悪くはないかな。とすら思えてくる。……だが、結局私は根っからの軍人なんだろう。と、思う。
普通はこんなに平和な世界に一度足を入れてしまえば、私達のように殺伐とした世界で生きた人間はあの世界に帰りたいだなんて思うことないだろう。
……しかし私は一か月経った今でも軍事学校から連絡が来ないことを気にしている。
はは、気にしたことなかったけど、私って変なのかな。
と、靴を錆びた下駄箱に入れながら考えていたのだった………
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