幕間②。生徒と教師

「うん。だいぶ戦えるようになったね」

仰向けで倒れていると、上から女性の声が聞こえてきた。入学してから訓練後はこういう形になっていることが多い。

「……今の状況で言います?」

正直現状でその言葉は合っていないと思う。

大体訓練を開始して、基礎訓練の後に発展内容、そして五本の模擬戦を終えるとこうなっている。模擬戦は平均的に数分で終わる。早い時なんて一分すらもたない。

つまり、先生の目は節穴だということだ。

「そんなことないよ。能力無し以外何でもありのこの模擬戦で一分は戦えるようになってる。これは成長の証だよ」

……たしかに、最初の頃はこんなに戦うことは無かった。というより戦えなかった。

入学式のあの日でさえ、能力が覚醒しなかったら一撃で死んでいたくらいだ。

能力を使用した奇襲作戦によってあの時は死地を抜け出したが、その能力が無い状態の俺なんて魔法ひとつで倒せてしまうほどだ。

そう考えると、魔法ありの戦闘でこれほど耐えられるのは俺が強くなっているということだろうか。

……勿論、あの時のように殺しにくる攻撃でも無ければ手加減はしてもらっているが。


先生の目は節穴では無かったかもしれない。


「君は凄いよ」

突然、褒められる。びっくりして素っ頓狂な声をあげてしまった。

「まだひと月も経ってない。それなのに君はだいぶ動きが良くなっている。元々筋は良かったけど、今はセンスに技術がついてきている。……流石あの人の子ってことかな?」

あの人、先生の上司である親父の事なのだろうが……先生の話が正しいならそれは親父の影響だろうな。

昔から、暇な時に色々教えて貰っていた。

あの人の教え方は「見て盗め」タイプだ。そのため、対面したり親父がやっているところを見て自然と取り入れ理解するようになった。

ゲームのやり方や料理から、組手とかまで教わっていた。俺の成長が早いのはこれが理由だろう。後単純に遺伝か。

「まだまだ先生には及びませんけどね」

体力も回復してきたので、起き上がる。

すると先程まで頭の先に居た先生の姿がよく視界に映るようになった。

「そりゃ、これで追い抜かれてたら教師のメンツが無いってもんだよ」

でも、と先生は言葉を続ける。

「後一年ちょっとしたら抜かれちゃうかもね」

その顔は、嬉しさに溢れているようなものだった。訓練場の照明で出来た影を見つめながら、彼女は小さく苦笑した。

「そんな事ないですよ。まだまだ遠いです」

体育館くらいまで高さがある訓練場の天井についている照明を見つめながら、返す。

「ふふ、謙遜しなさんな」

……いや、これは謙遜なんかでは無い。実際俺はこの人に追いつけるという自信が無い。追いつく未来すら見えたことが無いのだ。

様々な偶然が重なって、入学式の日は死から逃げ切ることが出来た。しかし、あれは勝利とは言えないし、何より様々な要因が重なった結果の幸運だったのだ。証拠に、あれ以来先生の身体に攻撃を当てた事が一度もない。


先生以外と対峙したこと無いのだが、それでもクラスメイトや他の教師の動きを見る機会はある。それを見て、俺は先生という存在が少し特殊に思えてしまっている。

彼女は異常だ。初心者の俺が言えたことではないのだが、彼女の戦いは、心象は、他とは一線を画している。


彼女の戦いからは、気を感じない。俺の感じているものが殺気なのか何なのかは知らないが、彼女からは毎回何も感じないのだ。

そして、それが何よりも怖かったりする。

他の教師やクラスメイトの戦闘を見ると、攻撃の瞬間にはどんな人のでも必ずプレッシャーを感じる。何かの圧があるのだ。


でも、先生からは何も感じない。

風の無い湖の水面よりも、凪いでいる。


何も感じない……いや、何も無いというのは、何があるか分からないということだ。

俺はこの人に追いつけるのだろうか。敵になってしまった時、俺はこの人に勝てる未来があるのだろうか。と、考えざるを得ない。


俺の先生は、やはり凄い。


まあ、これを先生に言うのは恥ずかしいから言わないでおこう。

「さて、どうする?まだ時間はあるけど」

先生はスマホを取り出して、画面を見た。それにつられて俺も自分のスマホを取り出して確認すると、確かに時間は余っている。

「じゃあ、ナイフ術もっと教えてくださいよ」

先程の模擬戦で吹き飛ばされたナイフを拾い上げる。訓練用として使っているが、実は刃は潰していない。つまり、殺傷能力は健在というわけだ。当たらないから意味は無いが。

「そうだねー、わかった。やろうか」

先生はナイフを取りに倉庫へ向かう。


戻ってきた先生と扱いを教わりながら何度も模擬戦をしたのだが、その全てで俺のナイフは宙を舞っていた……


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