幕間①。父と息子

「ただいま」

鍵を開けて、扉を開ける。今日も疲労がヤバいし、全身が痛すぎて歩くことすら辛い。

「おう、おかえり」

自室に向かおうとリビングに入ると、今日は珍しく親父がソファに座っていた。

「珍しいじゃん。休み?」

「いんや、仕事が早く終わったんだよ」

ここ最近の親父は遠征に行っていたらしく、昨日帰ってきたということもあって今日の仕事は少なめだったらしい。どうやら、校長が気を利かせてくれたのだとか。

「どうだ。軍事学校ってのは」

親父は開いていたノートパソコンを閉じて、背もたれに体を預けながらこちらを見る。

俺は荷物をそこら辺に置いて、キッチンへ回る。今日は珈琲の気分だ。

そういえば、入学式の日からこうやって二人で話すことは無かったかもしれない。それを考えると、こういう時間は貴重なのだろう。

「しんどい」

正直に言おう。なによりもしんどい。辛い。

「ふはは、そりゃあそうか」

親父は分かっていたようで、俺の言葉を聞いて笑っていた。

「だが、元々鍛えていたこともあってついていけるだろう?」

確かに。しんどいといえばそうなのだが、ついていけている。昔からトレーニングは生活の一環ではあったのだ。主に親父から強制的にやらされているだけだが、今では少し感謝だな。……いや、親父は俺が軍事学校に入ると分かっていただけかもしれない。

「美奈のトレーニングはどうだ?」

親父は先生の名を出す。そういえば親父は先生の上司的な立ち位置だったはずだ。

「キツイよ。あの人もあの人で容赦がない」

俺はトレーニングを思い出して苦笑する。あんなものが殆ど毎日続いている現状を考えるだけで身体が疲労を訴えてくる。

「そうか。そりゃあ良い事だ」

何が良い事なのか教えて欲しいものだ。

「今お前が楽しそうにしていて良かったよ」

親父は突然優しい目になる。中々お目にかかれない表情なので、少し驚いたのは内緒だ。

「急に親父ヅラすんなよ。気持ち悪い」

珈琲が準備できたので、ソファに座る親父の隣に移動した。

「なんだよ。俺のはねえってのか?」

コトン、とマグカップを机に置くと不満げな親父の声が聞こえてくる。

「アンタコーヒー飲めねえだろ」

ため息混じりに返す。親父は珈琲が飲めない。なんでも苦いし美味しくない。だとか。

俺は比較的珈琲は好きな部類なため、きっとこれが遺伝だとしたら母親譲りだろう。

好き、と言ってもインスタントしか飲まないが。そんな時間ねえし。

一度珈琲を飲んで、話を軍事学校へと戻す。

「まあ楽しいよ。先生は良い人だし、同学年の奴らからの視線は痛いけどな」

これは正直察してはいた。普通に考えてこんな特殊な男は気になるし、ある意味優遇されているので嫉妬も多いと思う。

そこまでは許せるが、会う度に突っかかってくるあの男は許せない。……いちいちぶつかって来やがって。めんどくさいんだよ。

「まあ、お前は特殊だからな」

異例の招待無し入学に加え、初日で教師と戦闘しその際能力を覚醒させて生き残った。ここまででも十分特殊だと分かるのだが、まさかの軍界隈で結構名が通っているらしい霊継妖都という男の息子で、死亡率がダントツで高く誰も希望することの無いワンマンジョブ、アサシンに所属しているのだ。過去これ程までに特殊だった生徒は居るのだろうか。

「お前のおかげで荒羽や上層部の奴らが毎日泣き喚いてるよ。流石俺の子だ」

と、俺の頭を撫でる親父。硬い親父の手を感じながら、はたしてこれは褒めているのかと疑問を浮かべる。


……それにしても、昔はあまり気にしたことが無かったが、親父のこの手は努力の証なんだろうな。自分の手もマメが出来て皮がむけて、徐々に硬くなっているような気がするが、ここまででは無い。

先生から休憩中に聞いた話だが、親父は有名人らしい。この人は自分のことをあまり語らないので、よく知らなかった。

「なんだよ。俺の顔に何かついてるのか?」

じーっと隣に座るゴリラみたいな男を見つめていると、そんなことを訊かれてしまった。

なので俺は顔を正面に戻して、「ブサイクな顔だなーって」と返す。

親父は俺の言葉を聞いて、大きく笑う。

「じゃあ俺似のお前もブサイクだな」

「俺母上ははうえ似なので」

まあ、言われたことないが。美形な母上に似ていたらどれほど良かっただろうか。

……と、特に女子からモテることも告白されたこともない過去を思い返して、失笑するのだった………



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る