陽王の戦い。頂点との差

「くは、さっきまでの調子はどうしたんだ」

きっと、俺は今とても歪んだ顔で煽っていることだろう。まあ、これは自分の意思でやっていることなので間違ってはない。

連撃を浴びせる。コイツを休ませるような行為はしない。少しずつ体力を削っていく。

「っち、うるせえ。人間風情が」

この悪魔……イシフィアといったか、コイツが今浮かべている顔はとても滑稽だ。

先程まで俺達を見下していた奴が余裕のない表情になっているのだ。面白くて仕方がないだろう。


イシフィアは静かに動いた。コイツの心情的にもあまり冷静に考えられる状況ではないはずなのだが、この襲撃の大将に選ばれる存在なだけはあるということか。

乱暴ではない。それどころか、洗練された動きだ。しかし、俺からしたらその動きは遅すぎる。たとえ一般的に見て洗練された超上級者の動きだろうと、俺の基準で考えたら素人以下の動きに見えてしまう。それほど、俺とこいつらとでは差が開いてしまっているというわけだ。


少しフェイントを混ぜた突進かと思いきや、後ろで魔法を組んでいる。上手く自分の体で隠しているように見える。……だが魔力の動きで組んでいるということはバレバレであった。こういうところがまだ素人だと言っているのだ。

「っと、あぶねえな」

発動された魔法から飛び出してきた光の球を少しの動作で避ける。そして、能力を発動して突進を続けているイシフィアの目の前に移動し、解除するのと同時に持っているカランビットナイフを突き立てる………


今度も当たると思っていたが、なんとイシフィアは俺の動きについてきていて自分の腕をナイフの軌道上に置いていた。腕は犠牲になるが、致命傷は避けることができるし魔族からしたら腕の一本犠牲のひとつにもならない。

「ほう、反応したか」

コイツもこの戦闘の中で成長しているということなのだろうか。と感心していると、イシフィアはにやりと笑った。

「お前の速さにはもう慣れた。ここからは俺の攻撃だ」


次の瞬間、イシフィアは貫かれた腕を伸ばしてナイフの更に先にある俺の腕を掴んだ。っと、悠長に説明している暇はないな。流石の俺でも魔族には力で勝てない。

掴まれた腕を引き戻し、膝蹴りを食らわせる。流石に体勢的にも無理があったので顎は狙わずに腹に当てる。少し腕の力が弱まったので、その隙を逃さない。

無理やりイシフィアの手から逃げ、同時に首を掴んで頭を鼻にぶつける。

……がそれは反対の手のひらで止められてしまう。反応が速いもんだ。

奴はその防御した手を薙く。痛いのは嫌なのでしかたなくバックステップで避ける。

そのバックステップすら逃がしてはもらえず、イシフィアは急接近してくる。

そのまま右手を固め前に突き出してくるので、左手を使ってすこし逸らしながら体を手とは逆の方向にずらして避ける。

イシフィアの攻撃は止まらず、体を右に流しながら右足でミドルキック。これは先程拳を避けるためにあげた左腕の肘を落として足にぶつける。この時、肘に軽く防御魔法を展開してこちらへのダメージを減らしておく。

防御魔法越しだが、しっかりと当たる感覚がしなかった。つまり、相手も防御魔法を展開している。ダメージは期待できないということだ。

イシフィアは足をすぐに下ろしながら今度は左手、右手、左手で脇腹、と拳を繰り出す。オーソドックスな三連撃ながらコンパクトな動きによる速さと魔族の力強さによって当たると結構なダメージとなってしまうので、これも両手のひら、掌底と呼ばれる部分を飛来する拳の奥、前腕あたりにぶつけてずらす。最後の一撃、俺の右脇腹に飛来してきた拳は左手で掴む。掴んだイシフィアの拳を俺の左側に引っ張る。イシフィアの抵抗ごと引っ張ると、目の前には背中が広がる。


こんなに隙を見せるのはやっちゃいけないことだぜ。


心の中で呟きながら、ナイフを持つ右手を鉄槌のように振り下ろす。

下ろし始める時、能力を発動して速度を加える。

速度は力に直結する要素の一つ。つまり加速したこの攻撃は奴の想像を超える威力に成り上がるというわけで……


これでしまいだ。


「――くっそ……」

勝ちが確定したと考えた瞬間、突然全身のあらゆる部位から力というものが抜けたのだった………


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