師匠との修行。これは夢?

俺の拳が師匠に当たることは無かった。

最小限の動きで逸らされてしまう。……が、そんなことは想定済みだ。なので、逸らされた方向に行きながら流れに従うように蹴りを繰り出す。……これもまた止められる。

ここからは先制攻撃とか全くない完全な肉弾戦だ。つまり、これから師匠の反撃が来るというわけだな。


と考えていると、早速師匠は動いた。

腕が少し動くような気がしたので少し顔をズラすと、いつの間にか真横に拳が飛んできていた。……全く、攻撃が見えない。

悪魔の攻撃なんかが遅く見えてしまうほどに師匠の拳は速かった。それに加えて、拳によって吹き飛ばされそうになるほどの風が発生した。つまり、当たってしまったら顔が無くなると考えた方がいいだろう。

……こっわ、人間じゃねえよこの人。

心の中で若干引きながら、距離をとる。


頭の中が覚醒していく。脳が徐々に回り出す感覚がする。疲労感が無くなり、体が軽くなる。ギアを上げろ、もっと速く回すんだ。

大きく、細く、ゆっくりと息を吐く。

ベローっと、舌を出す。別に能力を使ってはいけないなんて言われていない。制限は素手、それだけだ。


師匠を師匠だと思うな。目の前の男は尊敬すべき師ではなく、最大級の大敵だ。


自己に暗示をかけ、一歩前に踏み出しながら舌を噛む。千切れるほどに、貫くほどに。


そして、世界は色を失う。


師匠は、俺の能力を知っている。つまりこれは不意打ちにはならないということだ。……だが、そんなことはどうでもいい。そもそも師匠に不意打ちで勝とうなんて思わない。


加速倍率は、ざっと百倍。そして発動時間は十分の一秒。……つまり、猶予は約十秒だ。

十秒あれば、師匠のいる地点まで辿り着き、攻撃も可能だ。師匠側からしたら有り得ない速度で迫って攻撃してくる感覚だろう。


前に出てから発動したのも、時間が理由だ。

発動時間が短いこの能力は、コンマ数秒のロスですら命取りとなる。あと一秒のところで攻撃が届かなければ簡単に反撃を貰ってしまう。加速している現状だから突っ込めるわけで、本来の速度に戻ってしまえば師匠からしたら遅すぎる攻撃だろうから。


色のない世界を数歩で駆け抜け、師匠の手前で力強く踏み込む。ここまでで約五秒。

あと五秒は拳を叩き込むだけだ。


完全に足以外の力を抜く。体を巡る法力を手首のあたりで塞き止めて拳を突き出し、相手に当たる直前で限界まで力を込め、塞き止めた法力を解放する。


緊張と、その解放。


師匠から教わった体術、大体の人間が使用する仙術とは似ても似つかない……インパクトで法力を爆発させる体術。


それが、スイッチと呼ばれる体術だ。



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