戦闘。同年代との初めてのタイマン

 トイレに駆け込んでしっかり出した後、お腹のスッキリ感を感じながら俺は戦場へと入っていった。

 通路は暗かったため、突然目に光が入ってきたことで少し目を細めてしまった。……がすぐに慣れ、見えるようになってくると中央あたりに例の男が立っていた。

「よお。逃げなかったんだな」

 ゆっくり中央へ歩いていくと、ソイツに声をかけられた。……どうやら相手は余裕らしい。その顔は不敵な笑みを浮かべている。

「そりゃな。売られた喧嘩は買う主義なんで」

 なんとか笑みを浮かべて返事をする。

正直緊張のせいで話している余裕は無いが、ここで話さなかった場合確実に舐められる。だからこそ俺はここで無言を返さない。

 先生のアナウンスが会場に響く。ていうか何やってんだあの人、俺達の紹介なんかしてるんじゃないよ……

「それはまたご立派な主義だな」

 だが……と、一言置いて男は抜刀する。

男の顔から不敵な笑みが消え、殺意剥き出しで構えを取った。

「その立派な主義ムダナモノによってお前は身を滅ぼすことになる」

 その言葉に俺はナイフを抜いて順手で構える事で返事をする。それから数秒後、先生の声から開始の言葉が発せられたッ……!!!


◇◇◇

Man's side


 なんなんだ、この男は。と俺の頭に疑問が駆け巡った。

 様々な敵を薙ぎ倒してきた俺の剣を、目の前の男は寸前のところで対応していく。

 この男は一か月前までは守られる存在だったはずなのだが、なぜこんなにも戦えているのだ。有り得ない、有り得るはずがない。

「オラァッ!!!」

 気合いを込めた斬撃をまた当たる寸前のところで逸らされた。直後、刺突の反撃が来たので咄嗟に首をずらして回避する。

 淡々と攻撃を返される。なんなのだこいつは……なんなんだお前のその目はッ!!!

 思考を振り払うように、剣を振るう。それも全て回避されるか、流されてしまう。攻撃が返ってきたので、それを受け流しながら左手で拳を放つ。先程までの戦いでは剣しか使わなかったので、不意打ちの一撃になるはずだったのだが、それも受け流されてしまう。

 底が見えない瞳に意識が吸われる感覚がする。先程から殺気を感じない。大体の敵は隠そうとしても、攻撃の寸前に殺気が漏れ出てくるものだ。しかしコイツからは一切それがない。殺気が無いのだ。この男からは何も感じない。だからこそ、底が見えない。だからこそ、恐怖を覚える。

 そこで、俺は立ち止まった。

……待て、俺が恐怖を覚えただと?

どういうことだ。それこそ有り得ない。こんな奴に、俺が恐怖を覚えることなど有り得るわけがない。有り得るはずが無いのだ。

 こんな奴にこんな奴にこんな奴にこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんなこんな


……こんな奴に俺は負けない。


 そこで、俺の中にドス黒い何かが入り込んだ気がした。思考が黒く染められていく。今はもう八つ当たりには興味が無い。そんなこと考える暇は無い。

「うぅ……うおぁッ!!!」

何かが入り込むのと同時に、力が湧いてくる。溢れんばかりの憎悪が思考を支配する。

 今俺が考えていることはただ一つだった。


……この男を潰す。


◇◇◇

Futo's side


「なんだ、お前」

 俺は、驚愕を隠せなかった。

先程までギリギリで対応していた攻撃が、突然力を増した。……いや、少し訂正しよう。


突然、凶暴さを増した。


 突然攻撃を辞めて立ち止まったかと思えば、突然叫びながら攻撃を再開した。しかも黒さが増したのだ。繰り出される技々に。

 斬撃を逸らすにもある程度拮抗する力が必要と、先生が言っていた。彼の攻撃であればギリギリ足りていたが、コレの攻撃は、俺では逸らすことが出来ない。それほど強力な攻撃へと変化していた。

 最悪だ。ただでさえギリギリだってのに。なんですんなり行かないんだよ。

「……ふぅ」

 大きく、一息をつく。そして、ナイフを握り直す。今度は、順手ではなく逆手だ。

 俺は逆手の扱いに慣れていない。そのため、普通であれば使うことはないだろうが、あえて逆手を使う。

 彼との戦いは休戦といこう。今のコレは、彼とは言えない。彼と満足に戦うために、本気は出さない。

 コレは凶暴だ。しかし強くは無い。なぜなら野生動物のように凶暴だからだ。ただ暴れているだけなのだ。だからこそ強くは無い。

 だからこそ本気を出さなくても十分、だと思う。数回剣を交えただけの感想なので、正確ではないが、多分大丈夫だ。

 そして彼は強い。本気を出しても勝てるとは到底思えない。つまりコレなんかに本気を出す暇も余裕も俺には無い。

 さあ第一ラウンド終了だ。そしてここからの戦いを言葉で表すとするのであれば……


「本戦前のウォーミングアップ、だな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る