初めまして。恥ずかしい言葉ですね
書類を鞄に入れ、椅子から立ち上がる。パーカーを羽織って、忘れ物がないかを確認。多分机の上に置かれているスマホ以外何も忘れていないので、大丈夫だろう。
ワクワクする気持ちを抑え込みながら、軽く伸びをする。
「よし、そろそろ時間だし行くか」
今日は四月六日。入学式当日だ。
机の上に置かれていたスマホを手に取り、玄関へ向かう。靴底が削れたボロボロのスニーカーを履き家の扉を開く。
外の景色が見えた瞬間、朝日が目に差し込み少し瞼を閉じてしまう。……がすぐに少し閉じた瞼を開き見上げると、視界の中に飛び込んできた空は雲一つなく澄み渡り太陽の光が周りを明るく照らしつけている。
「今日はいい天気だな。俺の始まりに相応しい」
と、一人呟いた後にふと苦笑してしまう。
流石に今の発言は恥ずかしいな。周りに誰も居なくて良かった。人に気がついていたらこんなこと言わないけど。
「今の言葉、とっても恥ずかしいですね」
カッコつけたがる時期であることを再確認しながら鍵をかけて振り返ると、一人の女性が笑みを浮かべながら立っていた。
俺が受験したはずの高校のブレザーを身に纏った黒髪の女性。髪の長さはセミロング。
「えっと、もしかして聞いていましたか?」
先程の発言的に聞いていたのはほぼ確定だが、認めたくないので頬をポリポリと掻きながら聞いてしまう。
「まあ、たまたま……」
目の前の女性は苦笑しながら俺の問いに返答をする。……めっちゃ恥ずいわこれ。高校初日から辛すぎて穴があったら入りたい。
「そちらは今日入学ですか?」
羞恥心を紛らわすように目の前の女性に問いかける。
「ええ、そちらも?」
どうやら意図を理解してくれたらしく、小さく笑ってから首を縦に振った。見た目から学生とは分かっていたが、歳も同じとは……
「……そちらの高校は私服なのですね」
女性は俺の姿をゆっくり足の先から見回す……ちょっと恥ずかしいなこれ。
現在の俺はジャージにパーカーというとてもラフな格好だ。
入学式なのにこのような格好というのはおかしな話なのだが、これは俺がとち狂ってるわけではない。
俺が入学するらしい学校……中央高校から送られてきた書類には『動きやすい格好で好きな武器をひとつだけ持ってきてください』と書かれていた。……好きな武器ってなんだよ。と思ったが気にしたら負けなのだろう。
「そうですね。そちらは当たり前ですが制服ですか」
彼女が身に纏っているのは俺の家の付近にある紅高校の制服だ。
「はい。本来なら私も私服可の学校だったはずなんですけどね……」
本来なら……ということは落ちたのか何か問題があったのかその学校に行けなかったのだろう。
「あはは、実は俺も本来ならそちらの高校に入るはずだったんですけどね……」
後頭部を掻きながら苦笑すると、目の前の女性は軽く目を見開いた。
「……どうやら、似た者同士みたいですね。私たち」
少しの間沈黙が流れた後、女性も苦笑する。
……きっと、何か問題があって高校が変わってしまったのだろう。ただでさえ有り得ないほどの確率のことが起きてしまった2人だ。仲良くできそうだな……
「そういえば、名前を聞いてもいいですかね」
ここまで話をしておいて名前を聞いていなかったことに気づいた俺はふと聞いてみる。
「そういうのは大体名乗ってから聞くものでは?」
クスリと軽く笑われてしまった。確かにこういうのは自分から名乗るものだ。俺としたことが不覚だ……
「まあ良いですけどね。私の名前は
「
この時、俺と水凪さんが出会ったのはきっと偶然ではなく必然なのだろう。根拠は全く無いが、そんな気がする。
「それじゃあ、そろそろ行かないとまずいので……」
そういえば今から入学式だった。俺もそろそろ時間まずいかもしれない……
「あ、そうですね。それじゃあまた会えたら」
「はい、またいつか」
水凪さんは俺に向けて小さく手を振りながら紅高校への道を辿る。
何気に別れる時手を振ってくれる女の子とか周りに居なかったので、ちょっと新鮮だ。
あまり女性経験の無い俺なので対応に困ったが、手を振られてしまったのでとりあえず見えなくなるまで手を振っておいた。
「……さて、行くか」
今度は誰にも聞かれないように小さく呟き、足を前に出す。
「好きな武器を持ってこい」という学校。はたしてどういうところなのか……
本来なら俺も紅高校に行くはずだったのに、届いた書類は中央高校の書類。しかし高校に問い合わせようにも、ホームページも連絡用の電話番号も何もなかったため出来ずに今日まで来てしまった。
もしかしたら、俺と弥生さんが入れ替わってしまったのかもしれない。……てか書類に書いたこととか違うはずなのに何故間違えるんだ、神様のイタズラか?
などと考えていたが、考えるだけ無駄だという結論に至った。正直不安しかないが、まあきっとどうにかなるだろう。
「人生なるようになる。だよな」
この言葉は俺の父親、
まああの人基本的に帰ってこないんだけどね。仕事何やってるかわからないし……
中央高校。はたして俺は無事に今日を終えれるのだろうか。全く情報のない学校というのはとても怖いものだ。
「はあ、まあどうにかなるか。俺幸運だし」
と、呑気に向かっていたのだが、そのうちこの選択を後悔することになると、この時の俺はまだ知らなかった……
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