第25話
「この町は、三方を織田の軍勢に囲まれている。堺から飛び出したゾンビ達の掃討に手を焼いた筈だから、陸側から見付からずに町を出る事は難しいな」
ようやく、留三と時雨は、小夜を逃がす算段に取り掛かった。
「それに、小夜さんは絶対に見付からないようにしないと、織田方に捕まったら大変よ」
「三好の生き残りを織田が許す筈無いからな」
「さっきの地下通路、使えませんか?」
「言ったろ? もう、地下通路はゾンビが入り込んでいる。自殺行為だ」
「という事は、海側からの一択しか無いわね」
「でも、海も船が連なっているんでしょ?」
「そりゃそうだが、陸側程完全に押さえられている訳じゃ無い。ゾンビ共は泳げないから、余計警戒も薄くなる。夜に包囲のギリギリまで近付いて、船の下を潜ってすり抜ける事なら可能だ」
「泳げないんですよ?」
「お前ら、本気で逃げ出したいなら、その間息を止める事くらい出来るだろ? さっきと同じ要領で俺と時雨が引っ張ってやるから」
「それしか、方法は無いわね」
「どのくらい、息を止めないといけないのですか?」
小夜が不安気に聞く。
留三と時雨は、少し考えた。
「数えて五十か」
「いえ、百は頑張って欲しいわね」
「百も……」
「大丈夫ですよ、小夜さん。多少の我慢すればいいだけですから」
「はい。頑張ります」
「頑張っても頑張らなくても、俺には関係無えけどな」
留三の冷酷な言葉。
「いいか。俺がお前達を助ける義理は無え。足手纏いになりそうなら、遠慮無く切り捨てて行く。同じように、お前達も俺を切り捨てて行け」
「この状態で生き残りたいなら、そうする事ね」
時雨も後を継ぐ。
宗次郎が小夜を見ると、小夜は小さく頷いた。
「よし。それじゃ、明日の夜に決行だ。来た道を戻る。小舟は見付かり易いから、板切れを適当に見付けて、それにつかまりながら脱出しよう」
「今からじゃないんですか?」
留三は、両手を上げて降参した。
「もう、泳ぐ体力なんか無えよ。お前達もだろ? せめて、ひと眠りさせてくれ」
留三の言葉をきっかけに、部屋の中にまったりとした空気が流れた。
他の三人も、疲労が溜まっているのは変わりない。
思い思いに横になって目を瞑る。
宗次郎と小夜は、すぐに寝息を立てていた。特に、警戒する感じも無く、素直に寝ている。
留三と時雨は、仕事柄、眠りが浅い。いつ敵に襲われるか分からない生活を送っている為、熟睡は、自殺行為に等しい。
「船で会った剣士のゾンビの件だけど……」
当然、聞いているのだと、時雨は話した。
「以前、会った事があるの?」
「……どうして、そう思うんだ」
留三も意識が戻るのが早い。
「面識があるような言い方だったから」
囲炉裏の火がふたりの小さな声に被る。
「どうした? 話したくないの?」
留三が珍しく返事に躊躇っているのを感じた時雨。
「……あいつの事は知らない方が戦い易いと思ってな。それに、俺も思い出したくないのさ」
「やっぱり、知ってるのね」
「知ってるというか、ここで命を預け合った仲だからな」
「ゾンビになる前を知ってるの?」
「ああ、よーく知ってるさ」
留三は、炎で揺らぐ天井を見上げながら、ぽつぽつと語り始めた。
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