第22話

 「姫様」「姫様」と生まれた時から大勢の人に囲まれていた。自分が動かなくても、周りが動いてくれていた。誰も嫌な事は言わず、嫌な事はされず、何の不満も不安も無く、館の一室が世界の全てだった。

 空が赤く燃え上がったあの夜、汗だくの大人に担がれ、目を血走らせながら追って来る武装兵士達のはっきりとした殺意を感じながら、小夜は恐怖に打ち震えていた。

明確に自分を殺そうとする者達の存在は、小夜の心に深い傷を与えた。

 陣兵衛は、カモフラージュとして剣術道場を開き、来たる三好家の再興の為の門人達を育てながら、小夜を三好の旧老に預けた。蕎麦屋は、小夜の隠れ家になった。

 小夜は、穏やかな蕎麦屋の生活に精神の安定を求めた。

 蕎麦屋の仕事に追われながら一日を過ごし、稽古終わりの道場の門人達と他愛のない会話を交わす事は、落城時に傷付いた小夜の心に癒しを与えてくれた。

 小夜は、それがずっと続いて欲しいと思っていた。もう、三好家の事は忘れて、一町人として人生を全うする事を望んでいた。

 陣兵衛は、そんな小夜の様子の確認と店の主人である旧老との密談の為、時々蕎麦屋に立ち寄っていた。

 陣兵衛を見る度に体が凍り付いた。

 人が人を斬り殺す場面が蘇る。視野が夜の黒と血の赤に塗り分けられ、今にも煌めく刃が襲い来る。

 港で騒ぎが起きた時、いよいよその時が来たのだと感じた。

 陣兵衛と旧老の会話から漏れて来た内容を聞いていた小夜は、陣兵衛が手配した南蛮船が辿り着いた事を知っていた。

 その南蛮船に何か得体の知れないものが乗っている事も知っていた。

 いつか、陣兵衛が三好の再興を計る。その時が近付いていた。

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