第17話
「あの子ひとりだけで大丈夫でしょうか?」
「あなたには、あなたの目的があるでしょう。余計な事は考えないの」
小太郎を見送った後、宗次郎と時雨は、地下通路を戻っている。
宗次郎は、闇の中、小太郎をひとりで行かせた事に不安を感じていた。
しかし、だからと言って、ついてあげる事も無理だった。自分には、師匠を探し出すという目的がある。それは、時雨に言われなくても分かっている。小太郎を無事に送るのに何日かかるか分からない。その間に堺が織田軍に焼き討ちに遭うかもしれない。
宗次郎は、モヤモヤした気分のまま時雨の後をついていた。
その時雨の背中からは、何の迷いも感じられなかった。
留三と別れた扉に着くと、留三の姿は無かった。
「扉の向こうにいるのでしょうか?」
時雨は、扉に耳を当てて向こうの様子を探った。
特に、変な音も聞こえない。
「行くわよ」
時雨が言うと、宗次郎は小刀に手を掛けて準備した。狭い通路では、大刀では動き辛い。灯りは、時雨が持っている為、まず戦うのは宗次郎になる。
時雨がゆっくりと扉を開ける。静かな通路に軋む音が響く。
時雨と宗次郎が用心しながら、地下通路に出た時、ふたりは驚いた。ゾンビ達が水路や通路に倒れている。
「留三さんでしょうか」
「恐らくそうね」
時雨が慎重に一体一体調べて行く。
(おかしいわね……)
ゾンビの内、一体だけ斬り方が違う死体があった。他のゾンビは、一撃で頭部を破壊しているのに、そのゾンビだけ正面に幾つかの傷がある。しかも、刀を手に持ったまま倒れていた。
「留三さんいないですね。どこに行ったのかな」
時雨も周りを見渡したが、留三がいる雰囲気は無かった。
「ゾンビから逃げたんですかね」
「でも、見た所、ゾンビは片付けた筈よ」
「じゃあ、もしかしたら、ゾンビに噛まれて、私達に被害を与えたくないから姿を消したんじゃないですか?」
「そうかしら」
人の良い宗次郎の発想に肩を竦める。
それか、ゾンビになってどこかに行ったのか。でも、そんな簡単にやられる留三では無い。
「とにかく、留三さんを探しに行かないと」
宗次郎が、走り始めても動かない時雨。
「時雨さん。早く行かないと、留三さんがゾンビに襲われてしまうかもしれませんよ」
「……いえ。それよりも、船に向かいましょう」
「え? 留三さんを置いてなんかいけませんよ」
「その留三も何回も言ってたわよね。あなたには、あなたの目的があるのよ。分からないの? 人の事より自分の事を優先させなさい」
「そんな……」
「厳しい話だけど、物事に順序を付けなくてはいけない世の中だってのは忘れない事ね」
宗次郎は、そう言われて返事が出来無かった。
「それに、あのおっさん、そう簡単にくたばると思う?」
「でも、それならどうして私達を待ってなかったんですか?」
「そこには、理由があると思うの」
「理由?」
「あいつは、この程度の数のゾンビにやられたりしないわ」
時雨が感じるその自信。
「え? じゃあ、どうしたんでしょうか」
「これを見て」
時雨は、しゃがんで灯りをゾンビに近付ける。そして、ゾンビが持っていた刀を指差した。
「刀ですか?」
「気付かない? 今まで、素手で向かっていたゾンビが刀を使っているのよ」
「それが?」
「つまり、このゾンビには、刀を使って戦うという能力があったという事よ」
理解の遅い宗次郎に声が強くなる。
「ゾンビに意志があるという事ですか?」
「意志があるというか……」
何か大きな理由が無いと、留三も三人から離れるような事はしないだろう。あれ程、小太郎の件で反発してもついて来たのだ。
「……その可能性はあるわね。刀を使うのは、只襲うのと違う。刀の使い方だけでは無いわ。相手を殺傷する技術に高い判断力、戦うべき相手を見定める能力」
「それは……。どういう事でしょう?」
剣術の知識しか無い宗次郎だ。時雨の感じる危険性にまで思い及ばない。
「もし、ゾンビに知性があるなら、それだけ手強くなるって事よ。もし、隊を組めるのなら、死を恐れない兵士は強力な軍事力になるわ」
言ってて時雨は思い浮かべた。バラバラに動いている間は、只の危険な存在でしか無かったゾンビが命令に従う兵士になったとしたら……。
(そんなゾンビ軍団を手中に収めた者がこの国の行く末を左右する)
無秩序な大集団よりも秩序立った小集団が何倍も強い事は歴史が証明している。
留三は、きっとそれに気付いた。そして、自分だけで先に確認しに行ったのではないか。その情報だけでも、大きな利益を得る事が出来るからだ。
あの男のやりそうなことだ。利が絡むと、あいつは行動が早い。時雨は、慌てて立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「船よ。早く向かいましょう」
時雨は、宗次郎の返事を待たずにさっさと地下通路を早足で歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
後ろから何も分かっていない宗次郎が置いて行かれまいと急いでついて来る。
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