第12話

 三人は、港近くの旅籠屋に移動した。南蛮船に忍び込むには、夜を待った方が良い。昼間だと、ゾンビや船の乗員に見付かり易い。

 雨戸を閉めた暗がりに蝋燭一本。

 表の道を幾つもの足音が無言で行き来している。

 留三は、時雨を仲間にする危険も感じている。

 時雨が何を狙っているのか。時雨の雇い主が何を考えているのか。ゾンビの正体によれば、あっさり裏切る可能性もある。

 元は、松永家に雇われていた時雨だが、松永が滅んでから新しい所に引き抜かれたと聞く。まあ、当然だ。時雨の実力は、一級品だ。

 松永久秀は、三好家や織田家に仕えた実力者であり、その強烈な個性はアクが強く、周囲からの信頼を得るのは困難だった。当然、信長とも上手くいかず、対立した後に滅ぼされている。

 松永久秀は、腹の底が知れない人物だった。容易に信用出来ず、いつ裏をかかれるか分からない存在だった為、周囲からは、常に注意監視されていた。その松永の下で活躍した時雨だ。手強い相手だった記憶が残る。

「大丈夫。ふたりの邪魔はしないから。逆に、あの南蛮船を調べるには、あなた達の協力が必要なのは間違い無いわ。ふたりが、宗次郎君のお師匠様の無事を確かめられれば、四人で町を脱出すれば良いだけでしょ?」

「確かにそうですね」

 宗次郎は、時雨の言葉に納得している。

 留三は、一応頷くだけで頭に浮かぶ光景が気になっていた。

 南蛮船に乗っていた陣兵衛は、明らかに留三の想像を越えた秘密を持っていると感じていた。陣兵衛を見付けるだけでは、簡単に終わりそうにないと今までの経験が囁いている。乗りかかった船だ。全力を尽くすが、その解決には困難を伴いそうだと思っている。そして、陣兵衛の目的次第で時雨がどう動くか。

 ガタッ。

 その時、奥の部屋から物音が聞こえて来た。

「誰だ?」

 三人の目が奥に注がれた。緊張が部屋の中に張り詰める。

「ゾンビか?」

「ちょっと、見て来ます」

 宗次郎が腰に手を掛けながら立ち上がる。

「気を付けてね」

 手に燭台を持ちながら廊下の奥に進む宗次郎の後ろで備える留三。

その後ろにいる留三の耳元に時雨が囁き掛けた。

「それよりも、あなたは自分の正体をあの子に教えてるの?」

「今、そんな事は関係無い」

「あら、関係あるわよ。あんなに純粋な子が泥棒と組んでるなんて知ったら、とても驚くでしょうねー」

「おい。声が大きいぞ」

「小さいわよ」

 奥で戸を開ける音がした。

 蝋燭の炎に浮かぶ宗次郎の影が止まる。

「おい。どうした?」

 宗次郎が床に膝をついて両手を広げているのが見える。

「おいで」

 部屋に声を掛けている。

「おいで?」

 留三と時雨は、宗次郎の後ろに進んだ。

 暗い部屋の中で蝋燭の光に浮かんだのは、怯えて体を震わせる小さな男の子だった。

「あら」

 線が細く、体中汚れている男の子は、丸い目をきょろきょろ動かして、三人を見回している。ひとりで恐怖に囲まれていたせいか、小刻みに体が震え、小さく身を竦め、表情が凍り付いている。

「どうして、ここにひとりでいたんでしょうか……」

「この子を守る為に親御さんがこの部屋に入れてあげたのね」

「まあ、よく生きていたな。さ、もう戻ろうぜ。ガキに時間使ってる場合じゃない」

 留三は、興味を示さない。さっさとその場を去って行った。

「まあ、冷たいのね」

 宗次郎が笑顔を見せながら両手を出した。

「でも、ここにいても仕方無いですね。さあ、向こうに行こう」

 優しく声を掛けるが、恐いのか部屋から出る素振りも見せない。

「大丈夫。あの化け物達はいないよ」

 それでも、男の子は、手を伸ばす宗次郎から逆に後ずさりする。

「ちょっと待って」

 埒が明かない状況に、時雨は宗次郎を後ろに下がらせた。

「こんにちは。お姉ちゃんと話そうか?」

 時雨は、男の子の前に座り込むと、怯えさせないように宗次郎と同じく笑顔を見せた。

「私は、時雨。あなたの名前は何?」

 男の子は、じっと時雨の顔を見る。

 時雨は、自分を指差した。

「時雨」

 そして、男の子を指した。

「名前は?」

「……小太郎」

「小太郎君って言うの?」

 小太郎と名乗る男の子は、おずおずと頷いた。

「初めまして。小太郎君」

 時雨は、腰から干し椎茸を取り出した。

「食べる?」

 小太郎の目が干し椎茸に釘付けになった。

「いいわよ。食べて」

 時雨が小太郎の手に干し椎茸を握らせると、小太郎はすぐにむしゃぶりついた。

「ほらほら、慌てたら喉が詰まるわよ」

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