第9話
「まあ、落ち着け。陣兵衛がこれに関係しているのかも、まだ分からないんだ。本人に会って聞くしかない」
「そうですね……」
宗次郎は、気持ちを切り替えて平静を保とうとしている。しかし、留三の目には、まだ、立て直し切れていないと見えた。
(仕方無い。まだ若いからな)
宗次郎は、もう一度南蛮船に目をやった。ふと、目を落とすと、地下通路の出口の側に使い古しの小舟がもやいである。
「これに乗って行くんですか?」
「そうだ」
「では、早速行きましょう」
宗次郎は、逸る気持ちを押さえられない。早く、事実を確かめたかった。
「いや、それは夜になってからだ。今、のこのこと出向いたら船から丸見えだ」
「どうしてです? 夜の方が危なくないですか?」
「俺が恐れるのは、ゾンビじゃない。あの船に何者が乗っているのか分からないってとこが心配なんだ」
宗次郎も、はっとした。確かに、陣兵衛が目的あって乗り込んだのなら、迎え入れる誰かがいるという事だ。
「見付からないように忍び込む。今、ここに来たのは、海から近付くのが可能なのか確かめたかったんだ。お前さんの気持ちも分かるが、しばらく、我慢してくれ」
それだけが理由では無い。留三は、今の宗次郎の様子では、冷静な判断が難しいだろうと判断した。夜までにまだ時間はある。一度、気持ちを立て直す時間が必要と見たのだ。
「分かりました」
宗次郎は、口を真一文字に結んだ。明らかに無理をしている。
留三は、宗次郎の肩を軽く叩いた。
「今夜は晴れるだろう。きっと、お月様が道案内してくれるさ」
「あら。あなたがそんな夢想家だったなんて、聞いて無かったわよ」
突然の声だった。
女性の甘い声。宗次郎は、驚いて周りを見渡した。
留三は、渋い表情で返した。
「かくれんぼなら他所でしな。大丈夫だ。生きてる人間が相手なら、簡単に命を奪いやしないぜ」
留三は、声の主が分かっているようだった。
「そうね。これじゃ、あなた達に失礼ね」
痩せ型の少し背の高い女が音も無く出口の外から姿を現した。
「一般人の前に姿を現すのは、慣れていないんだけど」
「知るか、そんな事」
耳にかかったひと筋の髪の毛を細い指で掻き上げる仕草は、妖艶で艶めかしい。それでいて、他者を威圧するような鋭い視線と一文字に結んだ唇には、意志の強さが現れている。
「突然、ごめんね。お邪魔させて頂くわ」
短い着物に股引きのような軽装。背中に刀を背負い、只ならぬ姿だ。
「出来るなら、どっか行って欲しいもんだ」
「あら。つれないわね」
留三は、女を拒否しているようだが、女はそれを楽しんでいるような感じだ。明らかに普通で無い女の外見に、宗次郎は強い興味を持った。女から、留三の正体も分かるかもしれない。
「あの……」
宗次郎は、ふたりの邪魔にならないように小声で声かけてみた。
「ああ、ごめんなさい。初めまして、私は、時雨(しぐれ)って言うの。よろしくね」
華奢な見た目とは違い、張りのある澄んだ声だった。年上に違いないと思うが、それ程離れてもなさそうだ。
「若竹宗次郎です」
丁寧な宗次郎の挨拶に時雨は、手を叩いて喜んだ。
「あら、可愛いわね」
「え?」
そんな事を言われたのが初めてな宗次郎は、少し顔を赤らめた。
「知ってるわよ。寺前道場期待の星でしょ」
「挨拶はいい」
「良いじゃない。これから、一緒に行動するんだから」
「はあ?」
「あの南蛮船に乗り込むつもりなのよね? ご同行させて貰いたいのよ」
留三が目を剝いて時雨を見た。
「仲間はたくさんいた方が助かるじゃない? ねえ? 宗次郎君」
「おいおい。どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、どういう事よ。私ひとりじゃ不安だって言ってんのよ。何よ、その顔」
確かに、留三は不審有り気な表情で時雨を見ている。
「俺達は、お前の力は必要無いが」
「あら、そうかしら。まだ、敵の本性が分かっていないのに、いいのかしら?」
「お前……。何企んでいる?」
「何言ってんのよ。私は、親切に手伝いましょうって言ってるのよ」
「いいんじゃないですか? 味方は多い方が助かります」
素直な宗次郎。
「納得のいく味方ならいいがな」
「あら、それどういう事かしら?」
時雨は、目を細くして留三を注視した。
「誰がどう見ても、危険極まりない事をしようとしているんだ。お前が味方をする理由を知りたい」
「そうね……。じゃあ、ついでに、あなたの本音も聞きたい所ね」
「何?」
「単なる恩返しで動くようなあなたじゃない事くらい分かってるのよ」
時雨は、意味有り気に留三を見返した。
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