第6話

 宗次郎は、不思議に思った。この町に居残る理由は何だ。

「留三さんは、逃げないんですか?」

「ああ。ちょっと探し物があってな」

「探し物?」

「そう。大事な大事な探し物だな」

 『大事な』の繰り返しを強調する留三。しかし、宗次郎には、その繰り返しの意味が良く分からない。

「それよりも、本当に師匠を探しに行くつもりなのか?」

 留三は、強引に話題を変えた。

「はい。行きます」

「だけど、港に行くまで、あんな大勢のゾンビを倒さないといけないんだぜ。しかも、無傷で。ちょっと難しくないか?」

「その為に、お師匠様に鍛えられたのです。私は、これを信じるのみです」

 腰の刀を心強く叩く。

「そうは言っても、もう血だらけでなまくらになってたじゃないか。刀を変えないといけないだろ」

「ええ、そうなんですが……」

「そこらに、被害を受けた奴の刀が捨てられているが、どれも同じように汚れて使えないからなー」

「そうです。この刀も昨日使えそうなのを拾ったのですが、もう使えなくなりました」

「刀を棍棒代わりに使ってちゃお終いだからな」

 留三は、汚れ切った手でぼさぼさの頭を掻いた。垢でテカっている着物と垢まみれのはだけた胸からの異臭が凄い。

「兎に角、師匠を探すのは、新しい刀を手に入れてからでいいんじゃないか?」

「え? どうやって手に入れるんですか?」

「そりゃ、武器なんて、ある所にはあるんだから、そこで手に入れるしかないだろ」


「誰かに取られないようにな。運べるだけ運んだんだ」

 留三は、ひと晩休んだ翌朝、屋根伝いに宗次郎を連れて、ある長屋のひとつに潜り込んだ。足首の痛みは、大分収まっている。

 昼間の日光は、ゾンビ共に何の影響ももたらさないらしい。明るい日差しの下で目的無しに彷徨う奴らの姿は、どことなく滑稽だ。

 長屋の狭い家は、玄関と裏口を厳重に板で塞ぎ、囲炉裏の周りには無造作に刀や槍、弓矢等武器がぶちまけられている。

「さすがに、防具はかさばって持ちにくいから難しかったがな」

「武具屋から持って来たんですか?」

「そうだ」

「どうして、わざわざそんな事したんですか?」

「そりゃ、みんなも同じ事考えるだろ? 店が荒らされて、使える武器が無くなったり、ゾンビが店の中に入り込んでしまって武器を選べなくなったら困るからな」

 留三は、先に手軽な刀をふたつ選んだ。大刀は使い慣れていない。それと懐に短刀も忍ばせる。

「そんなに長い間、この町にいるつもりなんですか?」

 留三としては、当たり前だろ、と言いたかった。目の前には、空き家になった家が何百と残されている。これ程、泥棒のしがいがある状況は二度と現れないだろう。只、堺の町だけで無く、町の周辺も知り尽くしている留三は、そろそろ潮時ではないかという雰囲気を肌で感じ取っていた。

(どうも、町の外が怪しい)

 泥棒としての勘が留三の耳に囁きかけている。

「色々と片付けないといけない事があってな」

 適当な事をしたり顔で言うが、宗次郎が納得しているようには見えない。

当たり前だろう。誰が、好き好んでこんな所に残るだろうか。

 留三は、足首を確認した。ひと晩寝たおかげで痛みはほとんど引いていた。

(有難い。まだ、ひと働き出来る)

 留三が横目で宗次郎を見ると、若者は無造作に散らばる刀をひとつずつ入念に確かめていた。

 宗次郎は、本気で陣兵衛を探しに行くつもりだった。真面目な男だ。こんな恐ろしい状況でも自分の信念を曲げようとしない。普通なら、自分の命惜しさに町を脱出している筈だ。だが、宗次郎にとって、陣兵衛は親同然の存在だった。陣兵衛を置いて逃げるなんて考えられない。陣兵衛のいない自分を想像出来無かった。陣兵衛を見付けさえすれば、自分がどうすればいいのか教えてくれると信じていた。だから、どんなに困難でも港にいかなければならなかった。生まれてから、道場での世界しか知らない限界だった。

 留三は、その宗次郎の背中を見詰めていた。別に、一途に突っ走る若者を止める気は無い。しかし、その無茶な行動に巻き込まれてこちらまで被害が及ぶのは勘弁して欲しい。命を助けられた恩はあるが、自ら進んで危険に突っ込むつもりも無い。

 宗次郎は、二、三本試し振りをし始めた。空気を切り裂く鋭い音が留三の元に届いて来る。

 低く構えた足腰は、まるで床に根を生やしたかも如く揺ぎ無い。二の剣、三の剣と力強く振り抜いても、体の芯が乱れない。留三は、思わず見入ってしまった。

(あの若さで大した腕だ)

 若手筆頭の名目は間違い無いようだ。

「留三さん。決まりました」

 宗次郎は、二本の大小を腰に差していた。まだ、若さが残る丸顔から覚悟に色立つ生気が湧き上がっている。

 それは、純粋な若者が己の道を定めた姿だった。

 こうなると、何を言っても聞く耳を持たない。下手に説得させようとすると、反発して信用を無くしてしまう。

「色々とお世話になりました」

 宗次郎は、その場に座り込み、ぺこりと頭を下げた。留三は、こういう素直な人間に弱い。

「ひとりで行くつもりか?」

「はい。これ以上ご迷惑をお掛けする訳には行きません」

「助けられたのは俺だぜ。そんな事言われるのはおかしいぞ」

「いえ。留三さんのお陰で落ち着きました。夕べは疲れていて、頭が働いてなかったんです。あのままでしたら、無闇に進んでしまって、私はいつかゾンビの餌食になっていたでしょう」

「そうか。それは、良かった」

 留三は、つい頬を緩めた。宗次郎は、まだ若い。気持ちが先走って行動するのは分かる。自分がそうだったから。周りを見ずに強引に事を進めて来た結果が泥棒だ。親に縁を切られ、故郷に戻る事も出来ない。農民の道を断たれた後は、自分の腕一本で生きるしかない。栄えているこの町なら、何かの仕事に有り付けると思って辿り着いたのだが、真っ当な道を歩くつもりが、いつの間にか大きく踏み外していた。誰か側で助言をしてくれる人がいれば、何とかなったのではないか。

 せめて、まだ将来のある若者には、同じ事をさせたくない。

「手伝おう」

 つい、口に出ていた。留三自身が驚いた。

「本当ですか?」

 宗次郎は、目を丸くして留三を見る。

「只、条件がひとつある。俺が、逃げろ、と言ったら、迷わず言う事を聞け。無駄死にしない為だ」

「分かりました」

 血気盛んな若者だと、理性が効かなくなる時もある。特に、このような究極な状況では尚更だ。自分の目的を達する為には、真っ直ぐ進むしかないと勘違いする。経験も少ないと、ある程度の回り道も必要だと気付く事も難しい。そういうのは、大人が注意しなければならない。だから、留三は、前以て念を押したのだ。

「ありがとうございます」

 宗次郎は、丁寧に頭を下げた。

 留三は、照れ臭そうに首を掻くだけだった。

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