第4話

 あの時、留三は饅頭屋の店先に座って、饅頭を食らいながら、次の狙いを定めていた。前日にひと仕事終えて疲れていたが、徹夜だった為、気分が高揚していた事もある。

 小耳に挟んだ噂を確かめたい気持ちもあった。

 その日、新しい南蛮船が入って来たと聞き、横目にその船を監視していたのだ。

 大海原を乗り越えて来た船だけに、それは巨大で周りにいる和船を圧倒していた。その船の腹には南蛮渡来の珍品がわんさかあると睨んでいた留三は、南蛮船を出入りする船乗りの動きを確認しようとしていた。

 しかし、幾ら待ってもそれらしい人間が船を出入りする姿は見られなかった。

 唯一、南蛮人らしい人間が船の上から町を見下ろしているのを見かけただけだった。

(どうにも、おかしな船だ)

 港にいる商人や船乗り達もあちらこちらで南蛮船を見ながら集まっている。

 そりゃそうだ。商人たるもの、新鮮な品物を誰より早くも売りさばきたい。南蛮船に乗っている商人も同じ考えに違いない。しかし、もう正午の鐘が鳴っているというのに、まるでその動きは無い。あの船に乗っている商人は、一体何を考えているのだろうか。野次馬達は、口々に勝手な推論を口にする。

 そうこうしている内に、ひとりの男が船に乗り込んで行った。

 その男が寺前道場の黒牛陣兵衛だというのは知っていた。仕事柄、堺の住人については大体頭に入っている。

 あの化け物共が船から飛び降りるように出て来たのは、しばらくしてからだった。

 最早、この時代である。大抵の事では驚かなくなっていた。

しかし、人が人を食い千切る場面には、さすがに引いた。

 思わず、他のみんなと同じく夢中で逃げ出した。

 目の前を走る年寄りを押し退け、子供を蹴飛ばし、一目散に逃げた。

 視界に入った樽を乗り越え、屋根の上に避難してひと息付いた時、眼下には地獄が広がっていた。

「全く……」


(何てこった)

 思い出すだけ気分が悪い。両手で顔を覆い、しばらく息を整えた。泥棒とは言え、人の血が流れている。戦場とは無縁の弱い人々がおぞましい死の恐怖に突き落とされた情景を目の当たりにしたのだ。簡単に慣れるものでは無い。

 留三は、振り返って床に散らばる小判を見た。

 こんなもの持ってたって……。

 いよいよ、この町を逃げ出す時かもしれない。もう、随分稼いだ。

日の本一の貿易都市だ。ちょっとした商人でも溜め込んでいる小判の量は、そこらの村を丸ごと買い占められるくらいある。

 手慣れた留三は、金の臭いに敏感だ。しかも、大抵の錠前は朝飯前ときてる。

 住人は、大抵死んでいる。前とは違い、盗んだって訴える者はいない。役に立たない物を自分が生かしてやるのだ。罪の意識に押し潰されるくらいなら、泥棒なんてやってない。

 一生遊んで暮らしても、あと二、三回人生を楽しめるくらい手に入れた。まだまだ、稼げるが、別に人を雇って国盗り合戦に加わるつもりは無い。誰にも邪魔されない山奥にでも籠って、穏やかな残りの人生を送っても悪くない。

 どさっ。

 何か重い音が階下で響いた。

 階段の方を見ると、奴らのひとりが顔を覗かせているのが見えた。

「やばいっ。死体を落として上がって来やがった」

 ちゃんと上がり口を板で塞がなかったのがいけない。

 奴らは、次々と二階に上がり、留三に向かって来た。

 留三は、慌てて窓から屋根に飛び移った。

 その時、足の痛みを忘れていた。

 力が入らなかった留三は、足を滑らせ、奴らが待ち受ける地面に真っ逆さまに落ちてしまった。

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