第3話
淡い月明かりの元、通りに黒い影が蠢く。
それは、まるで歩く死人だった。
怪しく緩慢な動きで、腐ったような臭いを発し、声にならない心からの嗚咽を絞り出すように吐き出している。
奴らは、実体のある幽霊のように近付き、人間達を貪り食べる。そして、齧られた人間達もすぐに変異し、彼らのように他の人間を求めてさまよい始めるのだった。しかし、何故か奴ら同士では食い合わない。
港から始まった惨劇により、堺の町は、数日で奴らの支配下になってしまった。
屍のような体だから、動きは遅く、ひとりひとりを相手にするなら容易に捕まる事は無い。只、その数の多さには閉口する。生き残っている人間がいると見るや、一斉に襲い掛かって来る。捕まってしまったら、引き剥がすのに苦労する。しかも、噛まれるのは勿論の事、争いで出来た傷口から奴らの血が入って来るだけでも、あの恐ろしい生き物になってしまう。
下手を打って、屋根から足を滑らせてしまった。路地に落ちた時に痛めた足首が悲鳴を上げる。早いとこ安全な場所に逃げ込まないといけない。
留三(とめぞう)は、足を引きずりながら入口の破られている家に飛び込んだ。
囲炉裏端にいる奴らがふたりこちらを見る。竈の側にいる奴を目の端で確認しながら、片足で土間から板間に上がり、奥の階段目掛けて急いだ。
足を痛めていても、まだ動きはこっちの方が早い。ふたりなら何とか身を躱す事が出来る。両手を使いながら二階に上がると、そこに誰もいないのを確認して、上がって来る奴らを待ち構えた。
奴らを倒すのは簡単だ。頭を切り落としたり、損傷を与えたりすれば、『本当に』死んでしまう。
南蛮仕込みの飾りが付いた短刀を引き抜くと、のこのこ登って来た奴の頭に一刺しする。あっさりとふたりを始末すれば、階段は死体が障害となって後の奴らは登って来れなくなる。
ようやく一息ついた留三は、足首に刺激を与えないように気を付けながら、二階の床に寝転んだ。
「全く。何てザマだ」
階段下では、騒ぎを聞いてやって来た他の奴らが唸り声を上げながら彷徨っている。
留三は、腰にぶら下げていた布袋を外して中身を床にぶちまけた。二十枚程の小判が綺麗な宝石と一緒に転がる。
「クソッ。これだけかよ」
さっき押し入った商家で下手打たなければ、両手一杯に獲物を頂く事が出来たのに……。
留三は、大きく息を吐いた。
まあ、仕方無い。命あっての物種だ。ここでしばらく養生して、残りの金を取りに行くか。
留三は、堺の町で泥棒を働いていた。まだ、二十五歳だが、その腕は一流で、大抵の家も蔵も造作も無く忍び込める。彼が効率良く金持ちの商人宅ばかりを狙うのは当然だった。
今回は、運悪く足場が不安定だった為、踏み外して地面に転落してしまったが、足を引きずりながらも逃げ切れたのは、その身体能力の高さに救われたのだ。
足の痛みさえ収まれば、奴らをやり過ごして町を抜け出すのは訳無い。
窓に近付き、外の様子を窺う。
薄い月明かりがぼんやりとうろつく奴らを浮かび上がらせる。
数日前までは、まだあちこちで悲鳴が起こっていた堺の町も今ではひっそりと静まり返っている。どうやら、町全体に死が訪れたようだ。
(大体、あの化け物達は何なんだ)
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