四 灰色の花
岩手県平泉市。
雪が降り始め、ジンはフードを被る。
すでに前日の雪で湿っていたむき出しの土に足をとられないように、ゆっくりと地面を踏みしめながら歩き続ける。
愚直に歩みを進めるジンの目には「
本堂へ到着すると年が明けた雰囲気で多くの人が境内を行き交っていた。
金色堂は保存目的のため、近代に建てられた資料館の中にスッポリと収まっていた。
例に漏れず、ジンも感激していた。もっていた『奥の細道』の文庫本の文字と実物を何度も往復し、そのたびに自分の口元が緩むのを感じていた。
(もっと早く来ればよかった)
底冷えのする館内では四回目の紹介放送が流れ始めていた。
その日の夕方、ジンは仙台まで南下し駅近くにあるビジネスホテルに部屋をとった。客室で日記帳を広げていた。この感動を忘れないようにペンを進めていく。誰かと出来事を共有したい衝動に駆られる。
しかし、自宅のある東京から数百キロもある仙台では知り合いなんているはずもなく、欲求は肥大化していく一方で出口が見つからない悪循環へと陥っていた。ジンは気を紛らわすためにホテルを出た。
東北最大の繁華街と謳われている国分町のメインストリートはまずまずの賑わいだった。牛タンを食し地酒で流し込んだ。満たされたお腹を撫でるとジンは観光気分で国分町の町を歩き始めた。
「お兄さん。このあとはなに系ですか?」
「なに系???」
怪しい雰囲気の男がジンに話し掛けた。ニタニタと笑うと前歯が欠けていた。話を聞くと国分町の飲み屋を紹介するキャッチであり、この時間帯は暇だからともかく片っ端から話し掛けて客を見つけている最中だというのだ。ソープなら一つ裏に入った通りの『アップ』って店がおすすめだし、もっと軽いのならすぐそこの『こいこい』がいいなどと、ジンが聞いてもいないことを次々と捲し立てていた。
「悪いんだけどそういうお店には今は興味がなくて」と、軽くあしらうと、男はジンから離れていった。
裏の路地に入ると、ふと鼻に換気扇の気流に乗ってくる肉の焼かれた匂いが粘り着いた。窓ガラスの向こう側にはジョッキを傾け、大きな口を開けて仲間との談笑を楽しんでいる人々。路地先にはゴミ袋を両手で運んでいる人。女性の方に手を回し汚い居酒屋へ入る男女。
路地を抜けて、開けた道に出ると仙台駅のオレンジ色のビルサインと周囲の高層ビルが建ち並ぶ様子が見えた。イメージしていた純然たる東北の冬は沈み、ジンは国分町の喧噪を全身で受け止めていた。
立ち止まり、歩こうとした矢先のこと。ジンは何かを蹴飛ばした。それは地面をスライドしていった。
手にとると灰色の花のような、かわいらしい
刹那、空が怒り始めたように大きな音を立て始めて雨が降ってきた。ジンはカードケースをポッケにしまうと小走りに道を急いだ。
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