三 承句
一週間後。
クーラーの稼働音が部屋に鳴っていた。自室に一人佇むジンの手には皺が寄った一つの紙が握られていた。
ジンは「不合格」の通知を受け取った。
自分という人間の価値が如実に提示された、そんな気分に心が犯された。不合格通知は無軌道に理性と秩序を壊していく。
(全部自分のせいだ。文句はない。……ないけれど)
そこに等身大の自分の姿は見当たらなかった。自分の思いと逆に進行する考えに心が束縛される。頭を一撃されたよう、過去の自分に向けられた嫌悪感が次から次へと襲いかかる。そして未来がたまらなく嫌いになる。
イライラした気分は泣きたいような気分に変わった。息苦しさの中で奥歯を噛みしめ、溢れ出る涙を必死にせき止める。やがて目尻に溜まった涙は球形に。膨らんだ玉は決壊をおこし、一筋に頬を流れる。
緩むことを知らなかった握り拳は嫌な音が響きそうだった。
不合格通知を受け取った「あの日」あらゆる人からの連絡がきていたが、返信する気なぞ起こるわけもなく、それによって現実が蘇る。
いつも散髪しにいく理容室のマスターに「顔の色が悪すぎ」と言われた。
家にいれば片っ端からお酒を流し込み、気絶したように眠りについた。
このままじゃいけないと思い立ったのは新年を迎えた一日の夕方。自室の本棚から教育実習の時の授業用ノートを取り出す。
『奥の細道』の授業を実施したジンは思い返した。
(芭蕉の行った場所の説明がうまくいかなかったのは自分が見たことなかったから)
そこからパソコンを起動し、検索ワードに「中尊寺 金色堂」と入力した。中尊寺の建築様式がよくわからなく頭を抱える。
ジンは何か思い立ったようにカレンダーを見た。
大学生活最後の冬休み、まだ見ぬ世界を求めてふらふらとジンは旅支度を始めた。
――――ジンが思い立ったこの旅路でのエピソードはこれから先の長い間、心に染みついて拭いきれなくなった。
揺れる青年期を通過しても。季節は流れたとしても、
(――あなたは私が今、ここにいる理由そのものです)
これはジンにとって未来永劫、忘れられない話である。
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