出会い

桜の舞う季節になり僕は高校生となった。一度しか着ていない新しい制服に袖を通すとやはり大きく制服に着られている感が半端ではない。どうせすぐ背が伸びるから大きいものを買いなさいといった母を恨みながらもう一度身だしなみを整える。そして学校指定のださいカバンの中の持ち物を確認した後、ミステリー小説を手に持ち僕は家を出た。お気づきの方もいると思うが、僕はあまり社交的ではない。歩きながら小説を読んでいる人間で明るい人物などこの世に存在するのだろうか。いるなら今謝っておきますごめんなさい。そんな事を考えながら電車に10分ほど揺られ、5分歩いた所で高校にたどり着いた。なぜこの高校を選んだのかというと都内で有数の進学校であるということと、家から近いからだ。普通すぎる理由だ。あまりにも普通すぎる自分に落胆しつつ、高校に足を踏み入れる。すると驚きの光景が広がっていた。見渡す限りの大勢の人間で道は埋め尽くされていた。「テニス部はどうですかー」「一緒に甲子園を目指しましょう」その他いろいろな声が入り交じり鼓膜を振動させる。僕はなんとかこの人混みを回避しようと迂回することを固く決意し持ち前の存在感の無さと人混みを避けるスキルによりようやく開けた場所に出た。ふっ、この俺にかかればこんなもんよ。そう心の中で呟いたところで何かにぶつかった。その拍子に手に持っていた小説を落としてしまう。何にぶつかったのかを確認するために顔を上げると案の定人であった。しかも女性。とりあえず一言謝っておこう。「すみません」聞こえていたかいなかったのか分からないが彼女は僕の小説を拾いあげてこう言った。「君、推理小説がすきなのかい?」「まあ。はい」「好きな作家は?」「アガサ・クリスティーやジョセフィン・テイですかね」有名どころをあげておこう。それを聞いた彼女はうっすら笑みを浮かべた後こう言った。「この小説を返してほしかったらこの紙に従え」そういって彼女は手に持っていた紙を渡すと校舎の方に走っていった。「え、」いきなりのことでどうしたらいいかわからず立ち尽くす。泥棒だーー!心の中で叫んだが声は出ない。くそーこれが陰キャのつらいところだ。そしておとなしく一つの紙に目を通す。そこには「放課後14時に部室棟3階の一番奥の部屋に来い」そう書いてあった。これから何があるのだろうか。不安に包まれながら僕は校舎に向かって歩き始めた。


まず、入学式が行われ校長先生や偉い人の話を長々と聞かされた。その後各部活による出し物が行われた。水泳部が上裸で肉体美を披露したり、演劇部によるシンデレラの演劇が行われた。全員分の衣装を作るのはなかなか大変だっただろう。思いの他楽しめた。その後クラスに戻り簡単なホームルームがあり12時で高校生活1日目は終了しなかった。そうだこれからメインイベントが待っているのだ。14時まで教室で小説の続きを読もうと思ったがないことに気づく。あの女ゆるせない。まあ仕方ないので予備で用意してあるもう一つの推理小説を読むことにした。ミステリーマニアとしては当然の備えだ。しばらくして13時40分になり早めに部室棟に行くことにした。歩いて3分くらいか。思ったより小さい。中に入ると目の前はすぐに階段だった。エレベーターを探したが当然見当たらない。また階段は一つしかないみたいだ。不便だがまあ、部室棟を使う部活などほとんどないからだろう。運動部は外だし、文化部も音楽室や図書室、教室を使っているから部室棟など物置きのようなものなのだろう。そんなことを考えていると3階にたどり着いた。一番奥の部屋だったな。僕は廊下を右に進んでいく。左側は窓が閉まった状態で並んでおり、右側に部室が並んである。文芸部、美術部、書道部などの部室が並んでいた。3階は文化部のエリアのようだ。そして一番奥の部屋の隣は演劇部の部室だ。なかなかにレベルが高かったから真面目に部活に取りくんでいるのだろう。そして一番奥の部屋にたどり着いた。予備室2と書いてある。一番奥の部屋は廊下の右側ではなく廊下の正面にあった。他の部室の部屋よりも大きなつくりになっているのだろう。ドアは横にスライドするタイプで窓がついており中の様子が見れるようだ。それにしても部室棟に入って人の気配が全く感じられなかったな。僕は取ってに指を入れ横にスライドさせようとしたが開かない。鍵がかかっているようだ。しかたないので窓から中を見てみる。すると驚きの光景が広がっていた。なんと部屋の中央には血まみれの女子生徒がうつ伏せで倒れており、もう一人血に染まったナイフを持った女子生徒が地べたにへたり込んでいる。一瞬思考が停止する。そしてとにかくここを離れるべきだと僕の本能が必至に叫んでいた。僕は振り返り一心不乱に廊下を走り出した。わけがわからない。階段に差し掛かったところでだれかが3階に上がってきた。思わず足を止めてその人物を見つめる。なんと自分のクラスの担任ではないか。僕は安堵して思い切り息を吐いた。「どうしたそんなに慌ててやましいことでもしたのか?」「先生・・・人が刺されて、倒れていて」「本当か?!どの部屋だ!」「一番奥です!」「分かった。お前は鍵を取りに行ってくれ」「分かりました!」僕は先生の冷静な対応を見て、改めて先生の偉大さに感謝しながら一階に鍵を取りに行った。鍵は一階の管理室にあるらしい。パンフレットに書いてあった。一階の管理室に入るが誰もいない。くそ、一人ぐらい教師がいるものだろう。僕は壁に掛かっている様々な部室の鍵から予備室2の鍵を探した。ない。本来かかっているはずのところに鍵がない。全体を見てみると、鍵がないのは予備室2と演劇部の部室だけのようだ。しかし緊急用マスターキーというものがあった。その鍵を取り、僕は急いで階段を駆け上がる。3階につくと一番奥の部屋の前に先生の他にもう一人いる。近づくと男子生徒のようだ。彼はドアを叩き、大丈夫かとしきりに叫んでいる。僕は構わずマスターキーを鍵に入れ回した。カチャと音がしてドアを開けようとするが開かない。するとなぜか男が窓を開け、手で一番奥の部屋の外側の壁を叩いている。そんなことで開くわけないだろう。物音が聞こえた気がしたがうるさくてあまり音が聞こえない。逆側に捻りドアを開けてみると開いた。ほうきやちり取りなどの掃除用具が散らばっている。僕は床のほうきを乗り越えると、中に入り中央の血まみれの女子生徒に近づく、顔を見て僕は言葉を失った。今朝の僕の小説を奪って脅してきた女性だった。うまく言葉がでてこない。今は何も考えられない。ふと彼女の背中を見ると、B4サイズの紙が貼ってあり文字が書いてある。小さくて読めない。背中から剥がして近づけて読んでみる。そこにはこう書いてあった。

「この死体はフェイクです。さあ、君にこの謎が解けるかな?」

死体に目をやると、片目をまばたきさせながら僕にしきりにアピールしている。

「ふーー」僕は大きく息を吐きだした後、持っている紙を握りつぶした。


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