第10話
「で、マルヴォーリオは結局振られたのか、トービー」
「ああ、フェビアン。あんなことがあった後に告白できる愚かしさだけは称賛するしかないな。しかしアンドルーから馬はふんだくれなかったし、面白い見世物も台無しになっちまったし、気分も冷めちまった。どうだ、これから一杯やりにいかないか?」
「いいな、付き合うぜ」
「待て、あそこで歌っている奴は誰だ?」
「この世の物とは思えない歌声だな」
「調子のいい騒音だからいい気分で騙されることができるのに、こんなんじゃ感情が台無しだ。おい一発やってやろうぜ」
「おうとも」
「おい、そこの」
「こんばんは」
「お前さんの歌声をもう一度聞かせてくれないか。目障りで仕方ねえんだ」
「いいですよ。それとあなた達にこれを」
「なんだ、知り合いか?」
「俺は知らん」
「祟り神からの恋文です。是非中を開いて読んでみてください」
「シー公爵、ヴァイオラが獄中で餓死したようです。闘志アントニオもそれを知ってか自殺しました」
「ご苦労。これで肩の荷が下りた気分だ。どうだお前たち、これから海にたたずむ兄妹の悲恋のラブロマンスを題材にした女性主人公とノー公爵との結婚を描くドラマを制作する予定なんだが見学していかないか」
「表現としての女性像ですか、いいですね。どんなメイキングになっているか気になります」
「ノンフィクションとしての時事描写にちょっとした誇張と虚偽を混ぜ込むのがミソだな。もちろん公爵の敵は謎の不審人物の陰謀ということにしてある。彼らは自分自身の罪業から病気で死んでいく予定だ」
「いいですね。私たちは質素な生活の下に健康な余生を全うするということにしておきましょう」
「つらい闘病生活からの回復を忘れちゃいかんよ。それに寄り添う家族もな。そうでなくてはどうして視聴者が共感できると思うかね」
「すみません。その通りです」
「これは経験の問題だから気にすることはない。これまでの仕事が終わったら一息入れようじゃないか」
「そうですね」
コンコン
「誰だ?」
「お手紙を持ってきました」
「今時なんでもメールで済むのに珍しいな。ラブレターでも持ってきたのか?」
「……」
「まあいいだろう、開けてやれ」
「よろしいのですか?もし侵入者だったら危険です」
「警察が厳重に警備しているのにここまで侵入者が手紙を届けに来るのか?馬鹿馬鹿しい。本当に手紙を持ってきたに決まってる。それに余興としてちょうどいいではないか」
「わかりました、では」
「失礼します。シー公爵。お初に目にかかります。私は№の使いで来ました禍津巫女の一人です」
「禍津巫女?聞いたことがない」
「当代の公爵にのみ極秘で訪問致しますので」
「それでどんな要件だ。手早く済ませてくれ」
「はい、祟り神からの恋文を届けに来ました」
「ふっ、なかなか味なことをする。相手は誰だ?」
「祟り神です」
「神はおらんよ。むろん祟りもな。お前たち、この方は気分が悪いようだ。丁重に医務室にお連れしろ」
「はっ」
「残念です、シー公爵。ではもう一つの要件を。標的を確認。
「氷の川に足を突っ込むと凍傷になって熱くなる細胞が壊疽することを蛇が毒を吐くって言葉で譬えるんだとさ。お前知ってるか?」
「全然。内部から連鎖循環を破壊するだけだから」
「ま、そうだよな。時の歩みをいくら確率的な崩壊に延長しても、血がつながるわけでもDNAが伝承されるわけでもない。ま、そのくらいはわかりそうなもんだが」
「嘘をつくのは悪いこと、だから罠に引っ掛かかる」
「自分を偽るのは悪いことなんかじゃないさ。それで認識が歪まないならな」
「でも手紙の交換で政治と物語が入れ替わると歴史的に都合がいいことにされる」
「乗っ取りだよ、乗っ取り。最初は自分が仕掛けていたのが気付いてたら陰謀を告発するしかなくなってる。システムを脆弱さから維持するのに感染というバグを利用していたのが感染という伝達が最善手になっちまう。だから何もしなくて
「うん、まったく楽しくないが愉しくない」
「笑いが止まらないな」
「無表情が止まらないよ」
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