第8話

「ヴァイオラ、決闘の心配はしなくていいの?」

「ああ、女性にはそそり立つ物がないから不安だけどね」

「そんな冗談じゃなくて、私は本気で心配してるの」

「私も本気さ。誰も彼もの恨みを買っているのだから、たとえ男装していても心強くならないな」

「男だと思うから強くなれるっていうの?」

「思い出の中の恨みを買うのは女の仕事、されど記録の過去に喧嘩を売るのは男のしぐさってことさ」



「よう、客人、ご機嫌よう。オリヴィアさんも久しぶり。さてとシザーリオさん。あんたには決闘の相手のことを知っていてもらわなきゃいかん。なぜってあんたに怪我をさせたくないからな」

「聞かせてもらおうか、騎士トービー。どんな筋の方なんですか?」

「あんたの相手になるのは騎士アンドルー、かつては熊殺しの異名で知られた男だ。平時はかの身体に宿る高潔な心のごとく平穏だが、いざ戦時となると鬼のように恐ろしい形相で敵を打ち倒し、三人の首を一瞬で切断し、自らの信じた拳一つだけで最後まで愛する者の不名誉に抗い続ける一匹の弧狼にして英雄だ。あんたがいかなる侮辱を行ったかは知らないが、いまならまだ正義における慈悲の心であんたのことを赦すと言っている」

「仰ることはわかりました。ですが私も原則として平和主義者です。もし血の流さない手段があるのならそれに越したことはありません。お互いもっと理解を深め合い、友情と信頼の下にこの決闘を収めるようにお願いします」

「それにはあんたの誠意が重要になるな。騎士アンドルーはあんたに人生のすべてを賭けても取り返しのつかないようなひどい侮辱をされたと信じている。もし私の言葉を疑うのなら、私の剣の腕前に誓ってあんたと戦うことで己が名誉を証明しよう」

「どうかお慈悲を___ですがその前に一つだけ、私が騎士アンドルーにどんな侮辱を働いたのかをお教え願いたい。それ次第では私もあなたに改悛の涙を流すことに心残りがなくなるでしょう」

「それは教えられない、というより私にも教えることができんのだ。世の中には無自覚に人を傷つける態度がある。無自覚を装う悪意というものもある。自覚的に人を傷つけておいて、それに知らんぷりする者もおる。この中のどれかが原因かは定かではないが、彼の主観的な感情よりも雄弁な真実の心があんたから侮辱を受けたと感じているのだ。人の心の内実を分かったかのように語るのは不誠実であろう」

「なるほど____わかりました。では騎士アンドルーにこの場に来てもらうように立会人としての義務を果たすようお願いします」

「いいのか。二度とと日の目を見ることができなくなるかもしれんのだぞ?」

「構いません。どうせこの身は星の光に反射された海の月に照らされることでしか、己が資格を証明することができないでしょう」

「そこまで言うのなら仕方ない。騎士アンドルーに決闘の意向を聞いてくる。あんたはそこで待っていてくれ。フェビアン、シザーリオが逃げないように見張っておいてくれ」

「わかった」


「あのフェビアンさん、どういう理由でこんな騒ぎになったか知っていますか?」

「いや、とにかくあんたにものすごい怒っているということ以外は何も」

「騎士アンドルーとはそもそもどんな人なんですか?」

「見掛けは平凡ですけどね。剣を振るわせたらそりゃあすごいのなんのって。いや実際のところ騎士アンドルーほど腕の立つ、血に飢えた、命知らずの剣士はいない。あいつのところに行ってみますか?いや、なんなら、私がこの決闘の仲裁役を引き受けてもいいですよ。私とトービーは知らない中ではありませんからね」

「そうしてくれると助かります。私、騎士の相手をするよりも、神父様の方を相手にした方が性に合ってますから。そういう性格が知られても、私は構いません」

「わかった。トービーが戻ってきたら相手方と相談しよう。安心してくれ。私は約束を守る男だ」



「騎士トービー、シザーリオはどんな奴だった?」

「いやあすごい奴だ、まるで悪魔だ。華奢な格好をしているが、剣の速さは疾風のごとく、急所だけを的確に狙って、相手の命を奪う強者だ」

「そんなのと戦うのなんてヤダよ。僕殺されちゃう」

「だが今となっちゃあもう止められないんだな。ほら見てみろ、フェビアンが必死にあいつを抱き留めてるだろ?」

「どうにか止められないの?ねえトービー、相手に言って僕の秘蔵の馬でもなんでも上げるから、水に流してくれないかって頼んでくれないかなあ」

「ほう、なら一つ頼んでみるか。ほらここでシャンと立ってろ。これで死人が出ずに済むかもしれん」


「フェビアン、客人の様子はどうだ?」

「アンドルーのことを凶悪な殺人鬼のように見なして震えあがってます」

「こっちはアンドルーの奴から馬をふんだくる約束を取り付けた。後はお互いに怪我をさせないように一突きさせて、仲裁すれば万々歳だ」

「ん、向こうから走ってくるのは誰だ」

「あれはマルヴォーリオじゃないか、警察と一緒にシー公爵もいるぞ!」

「シー公爵、あいつらです。オリヴィアを巡って決闘をしようとしている連中は」

「双方、そのまま止まれ。剣を捨てろ!シザーリオ、貴様には公爵殺しの容疑が懸けられている。一緒に来てもらおうか」


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