第2話
「え、え、あ」
見慣れた風景にいきなりすりつぶされたオー公爵の死体を目にしたオリヴィアは面食らった。なぜ?という疑問よりこれからどうなるのかという不安の方が勝った。保険の支払いにしろ、生活費のことにしろオー公爵が死んでしまったらそれらを支えてくれるものは何もない。オリヴィアはフードを被った青年に食い掛った。
「どうして殺したの!」
「殺すのに理由が必要なのか?」
いかれてる。そう思った。いや宗教的狂信者だ、間違いない。なんらかの個人的信仰の問題として殺人を是認しているのだ。そこでふと疑問がわいてきた。オー公爵を私は憎んでいただろうか。そのことに思考を取られる前に次の質問を繰り出した。
「人を一方的に断罪するのは楽しい?」
「楽しかったらやっていいのか?」
会話が通じない。駄目だ。私も殺される。
だがふと思った。
こういう狂信者に殺されるのと、社会に心身をすりつぶされながら死んでいくのと、どちらがましなのか、と。
いやこの問いかけ自体が危険から連想されたものだ。
もっと世界は自由なんだ。自分は好きに選べるはずだ。
でも____
「なあ、君とセックスしてもいいか?」
「なっ」
強姦魔だった。最悪のパターンだ。社会的な締め付けが強くなったからと言って治安が良くなるとは限らない。それは税が上がれば安全が保障されると宣伝されるから安全だと言っているようなものだ。
「いいのか?」
「殺してよ」
公爵と同じ場所で死ぬのはいい気分ではない。だが強姦されるよりはマシだ。そんな思いで寛容さの社会で生きていくよりも、ここで死んだ方がいい。
「ふっ、あははははっ」
「____」
精神が苦しめられる。こんな時にすら精神が苦しむなんて、自分自身にむかつく。
相手は下劣な狂信者なのにどうして自分がこんな目に___
「いいな、その眼。相手を心底から下劣に思っている眼だ。今時珍しい」
「?」
「気分が変わった。あいにく私の棒はすりつぶされていてね。セックスには向かない」
青年はフードを取ると長い髪が露わになった。服のせいで分かりにくいが細身で長身で、よく見ると男性というよりもむしろ___
「私はヴァイオラ。君の名前は?」
「オリヴィアよ」
「なあ、オリヴィア」
「なに?」
「国を作らないか」
「は?」
「奴らの棒切れをすりつぶして、平和な世の中を作ろう」
「いやよ、私はまだ諦めてない」
「なるほどな。実は私もだ」
彼はにこりともせずに付け加えた。まるで最初から脚本を組んでいたかのようだ。
最初に私の思った通りだった。
「彼女」は宗教的狂信者よりもいかれていて、個人的信仰から行動を犯すよりも侵すことだけを優先している。そしてなにより愉しもうとする気がみじんもない。
「オー公爵は実に話がわかる方だった。特に音楽の話とかがな。そこで私も自分の気持ちに率直になろうと決心したんだ。きれいなお嬢さんに美しい思い出の一ページを渡す、とかなんとかを」
彼女も恋をしている。
彼女の不揃いな色の両目が何よりも雄弁にそう訴えていた。
ただそれがオー公爵の心情に適ったメロディーであるかどうかは、彼のすりつぶされた死体をもってしてもまったくもって曖昧なままだった。
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