彩光倫壊の十二夜

オドラデク

第1話

「この音楽は騒がしいだけだな。しかし私の思いの真剣さは伝わったはずだ」

「オー公爵、それだけはどうぞお許し下さいますようお願いします」

「どうしてかね、オリヴィア。私はこれでも可能な限り自分を通俗的に見えるように努力しているつもりだ。同僚にもあなたはあまりにも即物的でそう見せかけているだけだと勘繰られてしまうと警告されているのだ」

「あなたの実力や性格を疑っているのではありません。しかし……。オー公爵は私が恋愛に精神を持ち込んでいると疑われるのですか」

「君は私の容姿を気にしないし語学にも教養にも興味がない。どんな贈り物にも称賛にも靡かないのだから、そう取られても仕方なかろう。高慢の罪に問わないのは私の寛容の理念の賜物だと思ってもらいたい」

「…………」



 民核歴XX年。世界は過去と決別した。


 宗教精神の国家に対する悪影響の結果から、彼らは民族から、人民から、民衆からあらゆる宗教の根となる高揚と沈鬱を取り除き、すべての孤立化は覇権国家の世俗的影響に反するものだとして告発された。宗教的建設物は観光名所としてのみ扱われることで破壊を免れ、すべての宗教行事はショッピングモールで買い物をすることでその精神を「清算」することが求められた。その代わり、宗教と世俗の和睦と「寛容」が求められ、行政的な形式における書式にすべての性格と役割を職業的に評価されるように選択されるように「要請」されることとなった。一方で民衆や人民が再び宗教に目覚めないように管理職は不断に人々を消費に誘導し、市民の権利を叫ぶように教育し、精神の片鱗を発揮する人を見かけたら、どんな説明であれ、感覚的な消費の洗練としてお世辞を言うようにと命令した。ある代表制の民主的形式は「公正な理性の使用」に関する「不正な利得のルサンチマン」を徹底的に監視するように経済を「保護」することで国家財政の規範と呼ぶべきものをすべての人間の即物的欲求としてすりつぶすことが一般的な公益に適う安全保障上の税率だ、ということを納得させられることとなった。これに違反するものは精神のスパイであり、裏切り者であり、国家防衛上の危険分子として告発されることが推奨された。このような空気の中で恋愛は「衛生的な判断と表現の自由の擁護」の名においてのみ、寛容な理念が発揮されることを求められる名目となったのである。そして仕事と恋愛の二者択一は精神を喪失させることが性的生活の不和を補う家庭の平和を保険の支払いにする健康面での用途に託されることになった。そして皮肉にも___この言葉はウィットになりかねないから禁句だが___民主主義にはの地位が誕生した。


「___公爵、申し訳ありません。私もどうしたらいいのかわからなくなってしまって。せっかくこの職場で働かせていただいているのに」

「気にしないでくれ。私も性急に事を運ぶつもりはない。このことで体裁が悪くならないよう私からそれとなく指示しておく。君の健康面での保険支払いを祈って。おっと、祈るなんて言葉は使うべきではないな。せめて労働の休暇を脱税するという表現に変えよう」

「失礼します」

「また来てくれ」



 オリヴィアは快活な表情を作って部屋を出るとため息をつかないように用心した。監視カメラがあるので油断はできない。何度も聞く話では、頻繁にため息をついている人物には噂と陰口がメディアでアルゴリズム的なフィルタリングによって操作され、不断に悪口と心配、中傷と同情をランダムに書き立てられるらしい。検索アルゴリズムからでさえ、そのようなものが辿られるのに監視映像からもそのようなプロファイリングが作られるとは「寛容」な世の中になったものだ、とオリヴィアは思ったが、それは精神になりかねないので、すぐに今日の仕事の疲れと疲労のことだけで頭を埋め尽くした。


 いったいいつまでこんなことが続くのか。

 仕事と疲労ですりつぶされ、政治は自分たちの労働がすりつぶされることを伝え、娯楽はすべて陰険な悪感情をすりつぶすことが求められる。すべての反抗はプロパガンダで偽装され、特定の不正の口実に置き換えられる。


「私は恋愛をしているの?それとも恋愛の理念をなぞっているだけなの?」


 仕事をしよう、と思った。すべてを忘れる口実を作るにはそれしかない。

 仕事の準備と疲労だけで消費は回せる。それでいいじゃないか。社会貢献にもなる。


 そうして次の日職場に行ったら、一人のフードを被った青年の前にすりつぶされたオー公爵の身体があったのだった。

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