第7話

 午後はオリエンテーリングを再開して、僕らはなんとかゴールにたどり着けた。地図を読むのが意外とおもしろくて、熱中してしまっていた。

 亘理は、午前とは違って、小沢、次どっち? などと声をかけてくれたり、並んで歩いたときには他愛もない話をしたりした。不機嫌さは、あの時を境にどこかへ行ってしまったらしい。それどころか、上機嫌とも言える雰囲気で、口調は軽く、ふわふわしていて、一度などは木の根に足を引っ掛けてよろめき、僕が手を引いてことなきを得た。ありがとう、と素直な言葉に、どういたしましてと返した目の端には、僕が握った手のあとをさする姿があったので、握り方が強かっただろうかと反省した。

 僕は、午前中の重い雰囲気から抜けられたこと喜んでおり、彼女には、僕に対してはいっそ傍若無人であって欲しかった。その方がストレートに感情をぶつけられているようで、気分がいい。

 僕は、亘理が何くれとなく言葉をかけてくれるのが、いまや普通の事になっているのに気づいた。


 そうこうしている間に施設前の広場に戻って、担当教諭のチェックを受けて、あとは夕食まで自由時間となる。

 女子たちは、汗をかいたからとシャツを着替えに行ってしので、僕らもいったん部屋に戻って落ち着くことにした。

 部屋に戻ると、伊藤はシャツを着替えて、僕と佐々木は上を脱ぐだけにした。備え付けのポットからお茶を淹れて飲む。

「疲れたな。よく眠れそう」

 と、僕がつぶやくと、伊藤が変な顔をした。

「徹夜じゃないの?」

「どう考えても、寝かせてもらえないよな」

 佐々木もそんなことを言う。

「誘われてるけど、先生に怒られるしでしょ?」

「いや、それは許してくれないんじゃないかな。あの調子だと。俺はまあ、遠慮しておくから。そういうのは苦手だし」

 伊藤は、とにかく女子と話すとか、一緒に行動するというのが苦手なので、そもそも最初から来るとは思っていなかったけれど、言い切られてしまうと心細くはなる。

「お前ひとりで行ってきたら?」

 佐々木が殺生なことを言う。

「僕ひとりでいけるか。付いてきてよ。たぶん、和泉さんは来てほしがってる」

 今日、佐々木の隣を離れなかった彼女の名前を出す。実際のところは知らないけれど、ダシに使わせてもらおう。

「和泉は、たまたまいっしょに歩いていただけだ」

「いいから、来てよ。伊藤は絶対行かないんだから」

「まあ、行くのはいいけど」

 佐々木が頷いたので、僕は安堵の息を吐く。

 その後は、三人で連れ立って、施設の売店やら資料室をひやかして、夕食の時間を待った。


 夕食の時間になると、一班でひとつのテーブルを囲むことになった。亘理は、暑いのか体育着のハーフズボンをはいていて、そこからのぞく膝小僧がきめこまやかな白で、やっぱりきれいだ。僕の視線に気づいた彼女は、あわてて膝を両手を隠して、エロい、と一言漏らしたので、僕は慌てた。そんな目で見てたんじゃないよと言い訳すると、じゃあどんな目よ、と返されて、答えに窮す。

「いや…きれいだったから…」

 と小声で言うと、フェチってやつ? と訝しげな顔をされて困った。

「なるほど、小沢君は亘理の膝に惚れてるのか」

 横から声を上げたのは和泉だった。

「膝が好きです、つきあってくださいって、そんなんあるか」

 原がノリツッコミをして周りを笑わせる。

 僕は、冗談に紛れて話があやふやになった事を感謝しつつ、たしかにきれいなものに惹かれる自分の性質を再確認していた。たとえそれが膝小僧であろうとも。

 

 やがて、その話も立ち消えて、女子が提供する話題には終わりが無かったが、食事時間は有限だった。

 解散する運びになって、亘理がちゃんと今晩来てよね、と念を押す。消灯後に先生の巡回があるので、それをやり過ごしたあとなら、他の部屋に行けるという。生徒に筒抜けの、その情報の裏をかくほど教師が勤勉なら、あっさり僕は捕まってしまうだろうが、うまくいくとしてもその危険を冒す意味が見いだせなかった。

「気がすすまない」

 僕は佐々木に投げかける。

「行かなかったら、亘理が怖いぞ」

「亘理は、なんなんだ」

 そう僕が言うと、佐々木が僕を見つめる。

「変わるかなって、思ったりもしたんだけど、まあ、そういうのは突然わかるからなあ」

「何それ?」

「えーっと、心?」

 まったく訳がわからなかった。

「膝小僧に対する情熱を、亘理に伝えればいいんじゃないかと思ったんだ…」

 ばんっと、僕の投げた枕が、佐々木の顔のあった場所的にあたって落ちる。

「あんなの、ぼくだって意味わかんないよ」

「いや、落ち着け」

 確かに、夕食からこちら、頭の中がもやもやしていた。

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