第4話

 そうこうしているうちに中間テストが終わり、予想通り理数系がかなり凹んだ答案用紙を眺めていると、亘理が背後にやってきて、あら、とつぶやきをもらした。

「教えがい、あるね」

 笑った彼女を憎々しげに見やり、僕はため息をつく。

「借りていい?どこが間違ったか知りたいから。あと、図書室とファミレス、どっちがいい?」

「何が?」

「勉強」

 亘理はもうやる気じゅうぶんなようだ。どちらがいいと言われると、学校で勉強を教わるのを見られるよりはファミレスの方が良い気がした。お金はかかるけれど。

「ファミレスで」

 僕はちょっとむくれて返事をして、それを見た彼女がまた笑う。

「じゃあ、明日はちょうど土曜日だし、昼に集合。教科書持ってきて」

「急だね」

 早く対策した方がいいよ、と言いながら亘理は答案用紙を奪い取るようにして、さっさと席に戻っていった。僕はその後ろ姿を眺めながて、まんぞらでもない気分でいるのはどうしたことかと自問した。

 もしかしたら、勉強がはかどって、美大にだって入れるかもしれないと期待したのかもしれないし、ただ彼女の好意を無碍にしたくなかっただけかもしれない。

 それはそれとして、何だって亘理は、僕の面倒を見るなんて言い出したのだろうと頭をひねる。彼女に関しては、まだよくわからない。今まで思っていたのと違うことだけは確からしい。だから、多分もともとそういうやつなんだろうと、とりあえずは思っておいた。


 翌日になって、昼とはいったい何時かと考えて、まあ十二時だろうと思いはしたものの、ランチ代は痛いので早めに昼食をとって自転車にまたがった。背中のリュックに筆記用具と、もちろん教科書を忘れない。

 十二時少し前にドアを開けると、すぐ手を振っている亘理が見えた。

「窓から見えてたよ」

 彼女は学校で見るのとは違って、なんというか垢抜けていた。野暮ったいとは言わないものの、きっちりした制服の着こなしとは対照的に、赤いTシャツの上に黒字に派手なロゴの入ったパーカーを着崩している。首元にはシルバーの少しごついネックレス、下にも黒いショートパンツをはいて、全体的な印象的としてはライブハウスに入り浸るバンド好きという風情だ。

 対して僕はやる気の無い地味な色の半袖シャツとチノパンといった格好で、いかにも風采が上がらなかった。

 そんな僕の頭から靴まで一通りながめた亘理は、にこにこしながらドリンクをすすっている。

「いやあ、何だか意外性がないね。そんな感じだろうと思ってた」

 彼女は手にペンを握るまねをして、テーブルに何かを描く仕草をしてみせる。

「それ、僕のまね? 亘理は、その、意外だね」

「うん、絵を描いてるときの小沢。そう、意外か」

 亘理は、またおかしそうな顔をする。

「音楽好きそう」

「うん、音楽好き。絵も好き。マンガも好き。あとは映画とか。私は全然できないんだけどね。だから憧れる。私も何かできたらいいのにと思う」

 そうすると、僕は絵が描けるから応援でもされているのだろうか。

「期待にそえればいいんだけど」

「ん、別に期待はしてるけど、それだけでもない」

「他に何かあるの?」

 僕が聞き返すと、彼女は少しあわてたふうで、いや、期待してるの! と早口でいう。じゃっかん、頬が赤くないでもない…ような。誤魔化すように、お昼は? と聞かれたので、食べてきたことを伝えると、じゃあホットケーキ、シェアしない? と言われて、断る理由もなく頷いた。


 ドリンクバーを注文して、アイスコーヒーをグラスに満たして戻ってきた時には、テーブルに答案用紙が広げられていた。人に見られたらどうするんだと思いながら、しまってよ、といささか迫力不足で言うのがやっとだった。

「しまったら傾向がわからないでしょ」

「家で見てたんじゃないの?」

「昨日、寝ちゃってさ」

 大丈夫なのかと思わなかったと言えばウソになる。

「服選んでたらいつの間にか、ね」

「服装は適当でいいでしょ」

 僕の言葉に亘理が口を尖らせる。

「男の子と会うのにおしゃれしないなんてありえないじゃない」

「会うったって、勉強じゃないか」

「小沢、よくないよ。女の子の服見ても誉めないとか」

「だから、そういうことじゃないと思うよ?」

 彼女はふぅっと溜め息をつく。

「見た目はいいけど難がある、か」

 よくわからない言葉に僕は目を上げて亘理を見ると、失言だったというように手を口にあてて、彼女は黙り込んだ。

「小沢は佐々木を見習わないともてないと思うよ?」

「あいつは背も高いしほっといてももてるだろ。それに僕はもてるとかよくわからない」

「わかんないのかよー」

 亘理の口調がだるそうになる。あと意外と口が悪そうだ。

「それより、勉強教えてよ」

「とりつく島もないないな、君は」

 亘理は、じゃっかん傷付いたような顔をした。

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