第3話

 亘理は午前中、僕の方をチラチラ見ては気にしているようだった。ノートが見たいのだろうと思ったが、休み時間中はいつもの二人が僕の所にいるせいか、声をかけてくることは無かった。

 昼食を終えると、佐々木が伊藤に体育館へ行こうと声をかけ、お前はあっちだとあごをしゃくる。その先を見ると、なるほど亘理があからさまにこちらを気にしていた。佐々木は意外と気のつく人間で、彼女の気配を感じていたのだろう。

 二人が連れ立って出て行くと、亘理はじゃっかん時間をあけて、何気ないふうに僕のところへやってきた。

「見せて」

 単刀直入とはこの事か、と僕は思う。彼女には、もうそれしか眼中にないようだ。

「いいけど、期待しないでよ?」

 僕は逃げを打ちながら、ノートを差し出す。中には、ささっと書き殴ったもの、途中でやめたもの、途中でやる気が出てきてつい熱中して描いたもの、様々な絵がある。本気っぽいとなんだか恥ずかしいと考えた末に持ってきたのがこのノートだ。僕はいつだって逃げ道を用意していた。

 そんなものだが、亘理は一ページずつ丁寧に見ている。たまに僕に見せて、これ、好き、などと言ってくる。不思議とそれが、僕の好みとも一致した。

 途中まで立っていた彼女は、いつの間にかノートを机に置いて、床にしゃがんで、その頭は僕の目線より低くなっていた。

 なんとなく亘理の頭のてっぺんを見ながら、やはり変な感じだなと僕は思う。彼女との距離感、というか彼女の距離の縮め方が予想外だ。普段、決して馴れ馴れしい人間ではないはずなのに、この事だけにはやけに図太い。いっそ図々しいと言ってよいかもしれない。別に悪い気はしていないのだけれど。

「将来は美術関係に進むの?」

 いつの間にか顔を上げた亘理が真面目な顔で聞いてきた。

「どうかなあ。絵を描いてて暮らせればいいなとは思うよ」

「私は、小沢、すごいと思う」

 相変わらず真面目な顔で、真剣な声でそんなことを言う。もしかしたら彼女は、僕の一番の理解者ではないのだろうか?誉められたことがないわけではなかったが、彼女に言われるととても嬉しかった。

「実は美大に行きたいんだけど、頭良くないとダメだし、専門学校とかでもいいけど」

 理数系が壊滅的なことを思い浮かべて、苦笑いがこみあげる。推薦という手もあるが、これはそもそも相当の実力が無ければ無理だった。

「頭、悪いの?」

 直截な言葉に僕は笑って、苦手科目が多いんだよと言い訳をした。

「何が苦手?」

「数学と理科」

 ふむん、と亘理はあごに人指し指を当てると、私は得意だよとじゃっかん胸を張る。

「じゃあ、私と勉強する?」

「え?」

「亘理が美大に受かるように」

 ちょっとまて、と僕は思った。

「いや、高校受験が先だよね?」

「だから、高校だっていいとこ行かないといけないでしょ?」

「高校まで行って落ちこぼれたらどうするんだ」 

「高校も一緒なら教えられるけどね」

 そう言って、亘理が笑う。僕を見る目が何かを期待しているようにも思える。

「つぎのテストあけからにしようよ。そこでたぶん苦手な所とか傾向がわかると思うから。私も教えるの頑張る」

 そこまで彼女が言ったとき、佐々木が戻る音がして我に返る。亘理は、じゃあそういうことで、と言いながら戻っていき、それを見送ってから正面に顔を戻すと、佐々木がこちらを見ている気配が伝わってきた。

 状況がわからないのは、もしかしたら僕と、あとは伊藤だけなのかもしれない。



 

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