第2話
その晩、僕は部屋の中でノートや画用紙をぶちまけて格闘していた。
本気で描いて、丁寧に仕上げたものはいくらでもある。自信がないわけでもない。でもなぜか亘理にがっかりされるのだけは嫌だった。
自分でも変な意地を張ってるように思える。ただ、これぞというものを見せたかった。そうして見ると、人に見せることを意識して描いたものがほとんど無いことに気づかされる。よくよく見るとアラが見えてしまい、いやしかしこんな所を人が見るだろうか、というようなことを延々と続けていた。
いよいよ訳がわからなくなってきて、人の意見が聞きたくなって、いや、自分の頭が信用できなくなったのだろうけれど、思わず佐々木と通話を試みる。三コールで彼は出てくれた。
「どうしたの?」
佐々木が平常運行なのが理不尽にも苛立たしいが、明確な話があるわけでもなく、つい言いよどんでしまう。
「なに?」
促されるが、どう言っていいかわからず、やっと声を出した。
「人に見せる絵を…選んでる」
「人…?亘理?」
「ちが、違わないけど何でわかるんだ?」
もごもご言っているような音が聞こえて、電波が悪いのかと大声を出す。
「もしもし?」
「…聞こえてるから大声だすな」
「いや、だって…」
「俺にわかるからお前にもわかるってわけじゃないから、まあ、いいんだ。それで、見せるのは何でもいいと思うけど」
「何でもってわけにはいかないだろ」
なげやりにも聞こえる声に少しイラッとするが、こちらが教えを請う立場だ。文句は言えない。
「自分で一番いいと思うのを持って行って、それから少しうんちくでも垂れてやれば大喜びすると思う」
そして、じゃあこれで、と言って佐々木は通話を切ってしまった。言っていることの半分はよくわからなかったし、絵に関してはまったく相談できなかったし、通話しなければ良かったと損をした気分になる。文句を言ってやれば良かったが、なにぶん切られたあとではそれもできない。結局のところ、自分で考えるしかなかった。
翌朝、教室に入るのには少しばかりの勇気が必要だった。ああでもない、こうでもないと言いながら、持ってきたのは落書き帳として使われているノートが一冊で、スケッチブックも家にはあったが、大きいし目立つし、何より本気っぽいのが気に入らない。相手に気合いを入れてきたと思われるのは避けたい。よって、ノート。まあ、てきとうに描いてますよ、というボーズをとるためだ。
自分の席にたどり着くと、隣には佐々木が座って、伊藤と話をしている。佐々木はちらりとこちらを見て、持ってきたの?と聞いてきた。
「まあ、いちおう…」
言いたいことは山ほどあったが、伊藤が何の話だ?と問いたげな顔をしたので、話を打ち切った。何となく、人に知られてはいけない気がする。
席に着いた僕は、右側に顔を向けると亘理を目で探した。彼女は席にいて、いつもつるんでいる田辺と話し込んで、ときおり笑顔を見せて、僕になどまるで気づいていないふうだ。
どいつもこいつも何なんだ、と僕は言葉にはせず憤る。昨日、あんなに絵を見せろと迫ってきた亘理は僕に目もくれないし、佐々木にしてもなにか言ってくれてもいいではないか。あんなに悩んだ自分がアホのようだと思いはしたが、冷静に考えれば、たかが絵を見せることくらいで大騒ぎした僕のほうがおかしいのかもしれない。うん、見せることは、恥ずかしくない。では評価が気になるのだろうか?
それは大いに気になるだろう。美術の時間と違って、先生にダメ出しを食らうのとは違う。相手はなぜか僕の絵に期待、というか、とにかくすごいと思ってくれている子なのだから、がっかりされたらどうしようとか、想像するだけで心配になる。絵なんていつも描いているし、のぞかれる事もあるのだから、そんなに緊張するのもおかしな話に思えたが、やはり何か心持ちが違うらしい。
どうにか気を静めようとやっきになっていたところで、ふと亘理の視線に気づき、そしてそれが僕からノートに移されるのがわかった。
バレたか。いや、見せる気だったんだけど。
彼女がぱあっと目を輝かせるのを見て、やっぱりきれいなんだよな、とぼんやり考えた。
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