第19話 黒妖狐と悲劇の乙女

親父の命令で、今日は渋々京都にある実家へとトンボ帰りをしていた。



「ただいま〜」



その言葉をごく自然に発してしまうほどに、もはや陰陽師寺ここが自分の家のような感覚になってくる。

(家継げってうるさいんだよほんと。ここに居たって仕事はできるのに、実家にいろとか言ってくるし。ほんとに面倒だなぁ…)

この土地に陰陽師は僕くらいしかいないし、自然豊かで落ち着たこの土地では妖だって滅多に悪さをしない。

力をなくしているのもあると思うけれど、妖も最期は穏やかに過ごしたいと願っているのだろう。僕もそうだ。

あんな殺伐とした家の家督を継いで、有名な陰陽師として京都で妖と退治しながら老いていく親父みたいな人生は送りたくない。

友好的な関係を築ける妖は沢山いる。それなのに妖はみーんな悪って決めつける親父のいる京都から、わざわざこの土地に越してきたという妖もいるくらいだ。

人に害をなさないのであれば、彼らと共存することはなかなかに楽しいと思うのだけれど。

まあ、妖相手に油断してはいけないのも事実だけどさ。だからと言ってそんな殺気立つ必要もないと思う。

古くから存在する彼らは、人間の持たない価値観を持っていて、博識で、話していると飽きない。

信用してはいけないと教わったけれど、よっぽど自分の家族の方が信用出来ないでいた。



「帰っていたのか。あっちに一泊するものだと思っていたんだけどな」


「あんなところに一晩もいられるわけないだろう?。用が済んだらすぐに新幹線に飛び乗ったよ。あーあ、実家が京都じゃなければもっとゆっくり京都を観光できるのに」


「想は帰って来てないぞ」


「あー、なんか今日掃除当番だから遅くなるって言ってたよ」



想が人になってから数日。

時々買い物帰りに学校の近くを通ってみると、夏夢と下校する想をよく見かけた。

それに他にもクラスで友達になった子なのか、夏夢意外とも交流しているようだった。

一度夏夢を諦めてからずっと見られなかった想の楽しげな様子を、滝にも話した。



「想が楽しそうでよかった。上手く…いくといいな、彼女と」


「そうだね」


家を出る前に作って冷蔵庫で冷やしておいた麦茶を取り出し、グラスに注ぐ。



「明日、行くよね?」


「ああ」



〇─〇─〇




今日は彼女の命日だ。

お墓の前に彼女の好きだった花とお菓子を供えて、手を合わせる。



「彼女が亡くなってからもう何年経つ?」


「十年だ」



修行のため父親に連れられ、京都よりも力の弱まった妖がいるこの地によく訪れていたのを覚えている。

夏の間はほとんどこっちに住んでいるようなもので、そこで滝とも出会った。

許嫁である彼女はこの土地に住む神主の娘で、彼女とはよく会わされた記憶がある。

滝と彼女が出会ったのもこの地。この墓地からも見えるあの神社は、小さいけれど縁結びの力が強いのかもしれない。

まさか人と妖狐の恋物語を、人生の中で二度も目撃することになるとは思ってもみなかった。



「俺があの時人間になるって言ってたら、貴女は死ななかったのかな」



墓石の前に座り込む滝を一人きりにしてやろうと、その場をそっと離れる。

そう言えば昔、この墓地で肝試しをしたことがあったな。




〇─〇─〇




『ルールは簡単。僕が集まってくれた妖と協力して二人を脅かす。二人がこの墓地を一周することが出来たら二人の勝ちね』



ぎこちない二人の距離を縮めようとかをるが提案したのは肝試しだった。

意気揚々と妖を集めてきて、かをるは彼女の心臓が止まらない程度におどかすように伝える。

当然派手に動けば、妖の一端である妖狐の滝には気配を悟られてしまうので、なるべく慎重に動くようにとも言っておく。



『ちょ、ちょっと滝君、本当に私怖いよ?』


『貴女には妖が見えるからね。だけど多分一番怖いのは…』



墓石の影から酷い顔をしたかをるが勢いよく飛び出して、彼女と周りにいた小さな妖が腰を抜かす。



『かをる、本気だなお前』


『肝試しはおどかす側に気合いがないと!』



あの時は腰を抜かした彼女に泣きながら怒られたっけ。そこまで怖くしないって言ってあっただけに、調子に乗って怖くしすぎた僕を『かをるちゃんの嘘つき』って怒ってたな。

いつも大人びた彼女が子どもみたいに喚くものだから、僕笑っちゃって。しばらく口を聞いてもらえなかった気がするよ。

家のこととか忘れて、普通の子どもみたいにはしゃげていたのも、彼女が生きていたあの頃だけだったなぁ。



「帰ろう」



不意に背後から声がして、振り返る。



「もういいの?」


「うん。少し昔の話をしていたよ」


「それって肝試しの時のこと?」


「懐かしいな。でも違う」



滝は彼女に、想の恋が上手くいくように力を貸してほしいと密かに願っていたのだった。

自分たちのようにならないためにも、と。

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