第30話 知らずの両思い、明白な片思い
夏の曇天の日は、朝なのか昼なのか、はたまた夜に差し掛かっているのかすらよくわからない。
雨が降ってきた。
ここ最近はずっと予報外れの曇り続きだったから、雨は降らないものと思っていたのに、なんで今日に限って降るかな。
友のことも夏祭りのこともあまり考えないようにするために、蒼は今まで以上に部活にうちこんでいた。
荷物が多い日に限って雨は降る。雨なんてなんか臭いし、夏の雨はベタベタするし大っ嫌い。
荷物を乗せられなくて自転車を駐輪場に置いてきたけど、正解だった。あのまま横着して無理矢理自転車で帰ってたら何もかもがずぶぬれになって、大惨事になっていた。
部活のある日は何時に終わるかがその日によって若干違うから、誰かと帰る約束はしないんだけど、前を行く傘に見覚えがあって忍び足で近づく。
「やっぱり彼方…だ」
傘の中には彼方と夏夢がいるものだと思っていた。が、予想は最悪な方向へ外れた。彼方は彼方だったけれど、隣を歩いていたのはあの子だった。
彼女が濡れないように配慮したためか、彼方の肩は片方だけずぶ濡れだった。
「部活帰り?」
「ああ、うん。そうだよ。てかあんたたちそんな仲良かった?」
素朴な疑問を口にすると、地元案内をしたくらいの仲だという答えが返ってきた。ひょんなことから二人で会うことがそれ以外にもあったらしい。
あまり詳しく聞きたいとも思わないし、適当に流しておく。
(というか、この子彼方に乗り換えたわけ?。それなら安心だけど…)
「彼方さんと相合傘してて安心しました?。けどすみません、彼方さんは完全なライクです」
「なあ、それはそれで傷つくんだけど」
「はっきりした方が何事も楽でしょう?」
はっきり出来ない派の彼方も蒼も黙り込んでしまう。
すると背後から超絶能天気な「おーい」という声が聞こえて、友の姿を捉えた蒼は「風邪引くからあたし走って帰るわ」と雨道を傘もろくにささずに全速力でかけて行った。
(あたしのばか、また逃げてどうすんのよっ)
〇─〇─〇
車の迎えが来たココアに、この前のお礼として家まで送ろうかと誘われたが、後ろから友が追いつこうと走って来ていたので断ることにした。
「たまにはあいつと二人で帰るわ」
「そうですか。傘、一緒に入れてくれてありがとうございました。風邪を引かれないよう気をつけてください」
俺の濡れた肩を見て申し訳なさそうにハンカチを貸してくれた彼女は、そう告げて車に乗り込んだ。
車が走り去ったのと同時に、友は彼方のいる場所へ追いついた。
「あれ、蒼いなかった?」
「帰った。風邪引く〜って」
「引かねえだろあいつは」
昔は雨の日に傘をさす習慣はなく、年がら年中自転車をこいで、自転車に錆を作っていた友だけど、流石にモデルになってからは体調なんかにも気を使って傘を持ち歩いているのかもしれない。そんな友に感心してしまう。
あんなに泣いた蒼を久しぶりに見たし、ここはちょっと探りを入れてやるか。
思い立った彼方は息を整えた友に早速尋ねた。
「最近蒼と会ってるか?」
「それがさ、なんか避けられてるっぽいんだよね。あ、でもでも、ココアちゃんといると必ずどっか行くから、仕事の邪魔にならないようにあいつなりに気遣ってくれてるのかも?。そんなのいいのにさ〜」
「…救いようのない鈍感さだな」
「ん、雨音で聞き逃した。今何か言った?」
「なんでもない、こっちの話」
彼方の軽い怒気を含んだ呟きは、一層強くなった雨音でかき消されて友の耳には届かなかった。
「彼方こそココアちゃんと仲良くしてるみたいだけど、夏夢とはどうなのよ?」
「振られた」
「へぇ〜振られたんだ…って、告ったのっ!?」
「進展することを望むも儚く散ってったよ。俺の長年温めてきた初恋」
そう言えばこいつにこのことを話すのは初めてだったな、と横を歩く友を見れば理解が追いつかないといった顔でひとり混乱していた。
カタツムリが道を横断する。
友の理解が追いつくまで、やつが端から端に自力で辿り着くのをただじっとみつめて待つ。
(カタツムリって、雨じゃない時どこにいるんだろ)
そんなどうでもいはいことを考えていると、やっと整理が出来たらしい友がため息を吐く。
「ドンマイ」
「サンキュ」
「俺も言わなきゃって思うのに、なかなか言えなくて」
「お前はミンミンゼミだから、振られたら泣いて喚き散らしそうだな」
わざと意地悪に言うと、友は傘で俺の傘を軽くつついた。
「もう泣き虫じゃないって、あの頃ほどは…」
「どうだか。…お前はいいよな」
二人はなんだかんだ言って両思いだ。蒼が変に諦めたりしなければ、確実に実る恋だろう。けど俺は…
「好きな人に好きな人がいるって、結構苦しいもんなんだよ」
「夏夢に好きな人…?。想像できないなぁなんか」
「いるんだよ。あいつにはずーっと前から想ってるやつが」
「傷心を抉るかもしれないけど、俺はずっと夏夢が好きなのは彼方だとばっかり」
「抉るかもって思うなら言うなよな」
泣いている蒼を見ていたら、自分の中に立ち込めた燻る思いも少しだけ晴れた。蒼が泣いてるのを見ていたら自分も泣いてるような気分になって、少しだけ気持ちが楽になった。
だから友の直球な遠慮のない言葉も、今は笑って受け止めることができた。
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