第23話 知らない彼を知ってる子

カレンダーの日付部分には、今日までの分がペンで丸をつけられている。

今月に入ってからのことだった。夏休みに突入するよりも少し前、というなんとも曖昧な言い方ではあったけれど「そろそろ撮影が始まるから、そっちに帰れる」と友が連絡をくれた。

その日からこうして毎日カレンダーに印をつけている。

でも、今日でこの丸印を見るのは最後。

昨夜、明日帰ると連絡があって、ろくに問題を解いてない宿題を鞄に詰めて、のれんをくぐり家を飛び出す。

今日は友が帰ってくる特別な日だ。



「おい、いつもこのくらい早く起きろよ」


「まあまあ、今日は特別な日だし目だって自然に早く覚めちゃうよ」


「覚めるどころか、寝れてないよ一睡も」



使っていいよと東京に発つ前に友が勝手に置いていった自転車を引っ張り出してくる。

錆が多くなった気がするけど、まだ乗れんだろ。



「自転車こいでくの?」


「少しでも早く学校に着きたいからさ。それに二人だって」



にっと笑ってみせると、二人も引いていた自転車のペダルに足をかけた。

考えることは、まあ一緒だよね。





高校に着くとそのまま駐輪場に向かう。

彼方がとめてくれるだろうと、乗り捨てるようにして普段はなるべく行きたくない職員室へと走る。

外廊下から職員室の窓を覗けば丁度目の前に応接セットがあり、部活の先輩たちからの情報によれば転校生が来るという噂を聞いたらここにくればその人物を目撃出来ると教わった。

友の場合は撮影と帰省を兼ねて訪れるだけであって転入するとかじゃないけど、律儀なあいつは中学から繰り上がりの先生たちに必ず挨拶に来るはずだ。

開いた窓から乗り出して中を見ると、友の茶髪が目に入った。

不意に友が振り返って、何も言えなくなる。

(ほんとに友、帰ってきたんだな…)



「あれ、蒼だぁ〜」



脳天気な顔でひらひらと手を振る彼に、なぜだか無性に腹が立ってきて窓枠を乗り越えて職員室内へと着地する。



「って、ちょいちょい。お前スカート履いてるからってどあぁっ」



ワナワナと震えて仕方なかった拳で友の肩へストレートをおみまいする。

モデルだし、撮影もあるし、流石に顔はだめだろうから肩にした。けど、肩パンくらいじゃ物足りなかった。

こっちの気も知らないで。はああああ、ムカつく。



「おっっっっそい。もっと早く帰って来てくれてもいいじゃん」



あああぁぁあぁああたしの馬鹿。もっと女の子らしく簡易的な涙でも浮かべながら「会いたかった」とか言えないのかあたしは。

力加減をしたから肩を抑えながらも復活の早い友。

先生が見てたら大目玉を食らっていただろうけど、偶然にも誰も見てなかったらしい。



「何で笑ってんだよ」


「いや、お前が変わってなくてほっとしたっていうか。なんか謎にしてた緊張今のでどっか行ったわ」


「?」



要領を得ない言葉に戸惑っていると、友の手が頭へと伸びてきて堪らずその手を払ってしまう。

(うっわーそこは素直に撫でられとけよあたし。あたしの乙女心ひねくれすぎか?、言うこと聞いてくれよもぉー)

ひとり悶えていると、ふと友の隣。そこに女子が座っていることに気がついた。

久しぶりの再開で友以外見えていなかったけれど、本来なら一番に視界にとまって「美少女…」くらいの感想をこぼさなくてはならないくらいの可愛らしい子がそこにはいた。

華奢な体と童顔な顔は、まるでお人形のようだった。



「コンニチハ…あはは」



かなりの醜態を晒してしまったのではと羞恥心で床を転がりたくなるが、お人形と称すべき彼女から発された一言でいっきに冷静さを取り戻す。



「…新人とはいえモデルの体を殴るなんて。水着の撮影だったらどうするおつもりだったんです?」



確かにその通り、その通りすぎて言い返す言葉もないんですが、言葉の鋭さと見た目とのギャップが激しすぎてそれにショックを受ける。

この人物が一体誰なのかを友に尋ねると、どうやら子役の頃から俳優をやっている子らしい。



「彼女はココアちゃん。今回俺の出演するドラマのヒロイン役だよ」


「ほう…」



ココアなる人物は座ったまま軽く会釈した。慌ててあたしも顎を出すようなぎこちない会釈を返す。



「ココアです。あなたのお名前は?」


「あ、蒼」


「そうですか。では蒼さん、蒼さんは友のことが好きですか?」



ええと、と泳がせた視線が友とバッチリ合う。気恥ずかしさと気まずさに色々ぐるぐると考えた結果、「友達…よ」と事実だけが口からこぼれていった。

イマイチ質問の答えにはなっていないような気もするが、彼女はそれで満足したらしい。



「じゃあ私が────」



彼女が何がいいかけたところで、地鳴りかと疑ってしまうほどの物凄い彼方の怒鳴り声が聞こえた。理由はまあ考えるまでもなく放置した自転車の件だろう。



「やっべ」


「そのやっべは「彼方がどうせやってくれる」と思ってたってことだよな?。俺がこうして怒ってやって来るのもわかってたってわけだ」


「その通りでございます、はい」


「さあ、なら昼飯を奢ってもらおう。お前が乗り捨てた自転車が他の自転車をドミノ倒しにしてすげえ大変だったんだぞ」


「うっ」



散々お叱りを受けた後、彼方と夏夢も久しぶりの友との再会に頬を綻ばせていた。

その様子を、ココアはどこか寂しそうに眺めていた。

長居していれば当然先生も来るし予鈴も鳴るわけで、職員室に窓から侵入した蒼と窓の枠に腕をついて歓談していた彼方と夏夢は急いで自分たちの教室へと戻ったのだった。



〇─〇─〇



素早く窓枠を乗り越えて行った蒼さんの背中に「私が友をもらいます」と告げる。

私の言葉にしっかり動揺していたあの人とは違って、友にはどうやら聞こえていなかったらしい。



「あいつ猿かよ、逃げ足はやっ。あはは」



いい笑顔。撮影でも私の前でも見せてはくれない表情。どうしてあの人が?、ずるい。



「好きな人って蒼さんなんですね」


「は、はあ?」



明らかな動揺。

東京での撮影の時、私が演じるヒロインが告白した時。一発OKだったけど、こんな風に照れることが出来るなら何回でも取り直した方がよかったんじゃないかと思う。

この照れた表情が向けられるのがあの子だけなのが悔しくてたまらない。



「誤魔化しても無駄です。近年稀に見るわかりやすさですよ。けど私、あの子に負けるつもりないですから」


「…?。蒼、エキストラでもすることになったの?」



救いようのない鈍感野郎ですね。

(まあいいです)

この様子だと、友さんは蒼さんの気持ちに微塵も気がついていない。一方通行だと思い込んでいる鈍感同士の間に割り込んで、先に友を奪えばいい。

それだけの話です。

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