第21話 ココア

ここ最近、夏らしいCMが増えてきた気がする。

桜の季節が過ぎれば、人々が待ち望むのはサマーバケーション。それに向けて購買意欲を掻き立てるような夏のCMが増えるのは必然に思えた。

今メイク室で流れているCMは、炭酸飲料のCM。軽快なメロディーと共に自分が美味しそうにそれを飲み干している姿が映るのを、なんの感慨もなくただ見つめていた。



「何ニヤニヤしてるんですか」



ヘアセットをしてもらっている鏡越しに、隣でメイクをしてもらっている最近爆発的に売れ始めた噂の新人モデルにジト目を向ける。

ココアにとっては次のドラマ撮影で共演する相手だ。



「テレビの中のココアちゃんも可愛いけど、厳しくて毒舌なココアちゃんもギャップあって俺好きだなーと思って」


「キモいですよ、そういうの」


「あらら、ツンデレ発動?」



呆れ返ってため息を吐くと、本来その日初めて会った時にかけるべき「今日はよろしくお願いします」という言葉を今更言ってくる。



「こちらこそよろしくお願いします」



子役の頃から俳優をしている私にここまでフランクに話しかけてくる人なんて、この人くらいなものだ。

その分気楽に話せるし、歳も近いから話も弾むんだけど…。



「なんだか今日は一段と間抜け面じゃないですか。何かいい事でもあったんですか?」



聞けば地元の友達にそろそろ撮影で帰省出来ると連絡したら、とても喜んでくれたそう。それを受けて彼自身嬉しいんだとか。

仕事仲間はいても、そういったプライベートの友人がいないココアにはよくわからない感覚だった。



「台本、もう覚えられましたか?」


「俺も今全く同じこと聞こうとしたんだ!。ココアちゃんは?、もう覚えた?」


「当然です」



言うなり拍手される。

動かないでくださいとヘアメイクさんに言われて慌てて動きを止めた彼に思わず小さな笑みがこぼれた。

(友といるとどうも調子が狂いますね)

ドラマの出演が決まってから友と過ごす時間の長くなったココアは、少しずつ気さくな彼に心を開き、今では淡い恋心さえ抱いていた。

ドラマの撮影自体は夏真っ只中と予定されているけれど、ドラマが始まるにあたり雑誌に乗る写真なんかの撮影でこうして同じ現場で会うことも度々あった。

今まで出会ったことの無いタイプの人間で、ココアは戸惑いつつも俳優としてではなく、何のしがらみもなく一人の女の子として接してくれる友と過ごせる時間を密かに楽しみにしていた。

今日も今回のドラマに関する記事を載せるという雑誌のための撮影だった。

水着、学生服、浴衣の三着の衣装で撮影するため、撮影時間はそれなりに長くなることが予想された。



「目のやり場が…」


「その恥じらう表情はカメラの前でどうぞ。貴方のファン層が喜びそうですから」



ぶっきらぼうに言うココアは、可愛い水着を着ていようがカメラのないところでは無表情。

仕事となればその表情は求められるものを完璧に再現するが。

そんな姿を友は感心して見つめていたけれど、不意に彼が盛大なくしゃみをした。現場がどっと笑いに包まれるなか、オフショットとして気まぐれにシャッターを切ったカメラマン。

映ったココアの表情は苦笑していて、これまでのどんな写真よりも人間味があった。




撮影を終えて、着替えを済ませて自分の楽屋から出ると、丁度向かいの楽屋から出てきた友と鉢合わせた。



「お疲れ様でした」


「お疲れ様でした。ココアちゃんはまだ仕事?」


「ええ、トーク番組の収録に」


「頑張ってね」



そう言って甘いお菓子を手渡されると、何だかむずがゆい気持ちになった。

じゃあと言って帰ろうとする彼に、ココアは自分でも驚くような質問を投げかけていた。



「私のこと可愛いと思いますか」


「え?」



まあ当然驚くだろう。

けれど振り返った彼は驚きながらも、なんでもないように答えた。



「可愛いと思うよ。ツンデレなとことか、からかいがいがあるし」



ツンデレは余計だけど、彼の私の内面を見た飾らない賞賛は素直に嬉しかった。

だから、もう少し踏み込んだ質問もしてみたくなった。答えも出ないのにずっとひとりで考え続けるのは性にあわない。



「それじゃあ地元に彼女さんはいますか」



今度はわかりやすく噎せた。



「ま、まあ好きな子くらいは」


「へえ、そうなんですか。負けられませんね」


「?」



蒼の気持ちにさえも気がつかずに片思いだと思い込んでいる友のことだ。鈍感すぎる彼には彼女の言葉の意味がわからない。



「え、俺試されてる?。そんな台詞台本にあったっけ」


「…それがわからないのであれば、台本を覚えきれていない確固たる証拠ですね」



脳天気な返答に苛立たしげに爪を噛むココアは、お菓子のお礼を言ってその場を後にした。




〇─〇─〇




帰りの電車に揺られながら、兄ちゃんと一緒に住むマンションへと向かう。

こっちに引っ越してきてからもう結構経つのに、まだ兄ちゃんの家に慣れない。

仕事が増えてきて家に帰るのが遅くなったとは言っても、共演者である俳優のココアちゃんや他のモデルの子ほどではない。

まだまだ頑張れると、友は心地よい疲労感のまま座席に背中を預けた。

マネージャーさんから受け取った沢山のファンレターを鞄から取り出して読む。仕事の合間にこうして応援してくれている人の声を聞いていた。



『かっこいいです、一生推します』


『この前発売された写真集、読む用と保存用で二冊買いました!』


『ドラマ楽しみにしてます』



顔も名前も知らなくて、会ったこともない人たちが、俺を見つけてこうして応援してくれてる。そのことが嬉しくて、あの時後ろ髪を引かれながらも地元を出てきてモデルやってよかったなと心から思う。

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